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細田源吉 ほそだ げんきち

美術人名辞典の解説

細田源吉

小説家。埼玉県生。早大卒。短篇集『死を恃む女』長篇『罪に立つ』などで自然主義系統の作家として知られる。のち『大都』などで社会主義的傾向を示す。左翼運動に参加したが、後転向。トルストイなどの翻訳がある。昭和49年(1974)歿、83才。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

細田源吉 ほそだ-げんきち

1891-1974 大正-昭和時代前期の小説家。
明治24年6月1日生まれ。大正11年刊行の自伝的長編「罪に立つ」などでみとめられる。プロレタリア作家として「誘惑」「陰謀」などを発表したが,のち転向。戦後は執筆をやめ,府中刑務所の篤志面接委員をつとめた。昭和49年8月9日死去。83歳。東京出身。早大卒。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

細田源吉
ほそだげんきち
(1891―1974)

小説家。東京に生まれる。早稲田(わせだ)大学英文科卒業。春陽堂退社後、1919年(大正8)『死を恃(たの)んで行く女』を発表して注目され、『罪に立つ』(1922)、『未亡人』『はたち前』(ともに1924)などの自伝的作品を続々と刊行、作家としての地位を確立した。その後プロレタリア作家へと転身し、『誘惑』(1927)、『巷路(こうろ)過程』『陰謀』(ともに1930)その他の作品を発表した。32年(昭和7)の転向後は歴史小説や宗教小説に傾斜、第二次世界大戦後は府中刑務所の篤志面接委員なども務めた。[大塚 博]
『『現代日本文学全集85 大正小説集』(1957・筑摩書房)』

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世界大百科事典内の細田源吉の言及

【プロレタリア文学】より

…文戦派)はしだいに色あせて見えるようになり,やがては実力派だった平林たい子,黒島伝治,細田民樹(1892‐1972)らが脱退し,その多くはナップに参加した。なお,明治・大正以来の文壇作家で大正末年から社会主義運動ないしプロレタリア文学運動に参加した作家として,藤森成吉,江口渙(きよし)(1887‐1975),江馬修(ながし)(1889‐1975),宮本百合子,細田民樹,細田源吉(1891‐1974)らがおり,彼らも結局はすべてナップに参加した。ほかに〈同伴者作家〉として広津和郎,野上弥生子,山本有三,芹沢光治良らがいた。…

※「細田源吉」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト世界大百科事典 第2版について | 情報

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