日本大百科全書(ニッポニカ) 「細胞壁合成阻害剤」の意味・わかりやすい解説
細胞壁合成阻害剤
さいぼうへきごうせいそがいざい
殺菌剤を病原菌の標的との相互作用で分けたときの分類の一つ。菌類の細胞壁の主要な構成成分は、キチンである。キチンは、N-アセチルグルコサミンが重合した多糖(ポリN-アセチルグルコサミン)であり、UDP(ウリジン二リン酸)-N-アセチルグルコサミンからキチン合成酵素により生合成される。細胞壁合成阻害剤は、このキチン生合成を阻害することにより殺菌作用を発現する。
細胞壁合成阻害剤には、ジカルボキシイミド系(プロシミドン、イプロジオンおよびビンクロゾリン)と抗生物質のポリオキシン系(ポリオキシン)がある。
(1)ジカルボキシイミド系殺菌剤 ジカルボキシイミド系殺菌剤は、カーバメート系除草剤クロルプロファムが起源とされ、日本では、1981年(昭和56)にプロシミドンが登録されている。ジカルボキシイミド系殺菌剤は、菌糸の伸長を阻害し異常に膨潤化させ、菌糸細胞を破裂させることにより殺菌効果を発現する。また、菌核や胞子の形成も抑制するとされているが、阻害作用の詳細は未解明である。果樹、蔬菜(そさい)および花卉(かき)の灰色かび病や菌核病等に対し優れた効果を示すが、哺乳(ほにゅう)動物の内分泌攪乱(かくらん)活性を示すことが報告されている。
(2)ポリオキシン系殺菌剤 ポリオキシン系殺菌剤(ポリオキシン)には、放線菌(Streptomyces cacaoi var. asoensis)が産生するAからMまでの類縁体があり、その化学構造は、キチン合成酵素の基質であるUDP-N-アセチルグルコサミンと類似した骨格である。そのため、ポリオキシンは、キチン合成酵素の活性部位に結合し、キチン合成を競合的に阻害する。このことにより、菌糸や発芽管の先端が球状に膨潤し、殺菌効果として発現する。ポリオキシンB、DおよびLがイネ紋枯病(もんがれびょう)菌やリンゴ斑点(はんてん)落葉病に卓効を示し、日本では、1967年(昭和42)にポリオキシンB、1970年にポリオキシンDが登録された。
[田村廣人]