継松寺(読み)けいしようじ

日本歴史地名大系 「継松寺」の解説

継松寺
けいしようじ

[現在地名]松阪市中町

山号は岡寺山。高野山真言宗本尊如意輪観音。「権輿雑集」に引く寺伝に、「天竺駄羅国王之后勝鬘夫人、常信観世音祈誓、或時夢中稽文会、稽鷲群ト云美童両体来、而此尊像令作得、且語曰大日本国后光明可返得、於是夫人益感歎痛敬、蓋シ右両童子者、伊勢大神・春日大明神之変体、其後伝来而光明皇后朝暮信渇仰、聖武天皇天平年中、南都東大寺御建立之砌、勅行基、勢州飯高郡石津之郷当寺有御建立、号如意輪院、安置此尊像」とあり、天平年中(七二九―七四九)聖武天皇が行基に勅して飯高いいたか石津いしづ郷に建立せしめたとする。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

日本大百科全書(ニッポニカ) 「継松寺」の意味・わかりやすい解説

継松寺
けいしょうじ

三重県松阪市中町にある寺。高野山(こうやさん)真言宗に属し、岡寺山(おかでらさん)と号する。通称岡寺観音(かんのん)という。743年(天平15)行基(ぎょうき)の開創。聖武(しょうむ)天皇の勅願所。もとは飯高(いいたか)郡石津郷にあったという。753年(天平勝宝5)2月初午(はつうま)の日に孝謙(こうけん)天皇が厄除(よ)け祈願のため本尊如意輪(にょいりん)観音(インドの勝鬘夫人(しょうまんぶにん)感得の像と伝える)に参詣(さんけい)し勅額を賜った。以来、本尊は「厄除け観音」として知られ、毎年3月初めての午の日には参詣者が多い。寺宝には伝空海作の不動明王像・毘沙門天(びしゃもんてん)像、普賢(ふげん)延命菩薩(ぼさつ)画像(県指定文化財)、802年(延暦21)に空海が巡錫(じゅんしゃく)の途次にとどまって編した寺の縁起などがある。本堂、山門、不動堂、大師堂などは江戸末期の建築である。

[祖父江章子]

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