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線状文字B せんじょうもじびーLinear script B

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

線状文字B
せんじょうもじびー
Linear script B

後期青銅器時代のある時期から、エーゲ世界のクレタ島とギリシア本土のミケーネ文化圏で使用されていた文字。線文字Bまたはミケーネ文字ともいう。
 1900年にクレタ島のクノッソス宮殿の発掘を開始したイギリスの考古学者エバンズは、宮殿の数箇所においてかなりの枚数に上る粘土板文書を発見した。もともと先史クレタの絵文字に強い関心を寄せていただけに、解読は絶望視されながらも、エバンズは粘土板に刻まれた文字を詳細に観察して、文字体系が2種に分類できることを発見した。そして、古いと思われるほうを「線状文字A」、これにとってかわったと彼が推測した新しいほうの文字を「線状文字B」と命名した。エバンズは、AからBへの文字体系の変化の背景に、旧王朝から攻撃的性格の強い新王朝への政権移行を推測したものの、両文字は先史クレタの同一言語(ミノス語)を表すものと想定していた。だが、1939年にギリシア本土でピロスの王宮が発見され、その文書庫から400~500枚の線状文字B粘土板文書が出土した。その史料公刊を経て、線状文字Bは、1952年、暗号解読の方法を用いて作業を進めていたイギリスの若い建築家ベントリスによって、彼自身にもまったく予想外であったが、ギリシア語として解読された。クノッソス宮殿において線状文字Bを使用した事実は、ギリシア語を公用語とする勢力がクレタ島を支配したことを傍証するにほかならず、従来の「クノッソス中心主義」的なエバンズの見解は大きな修正を迫られた。この文字の使用は、クレタ島ではクノッソス宮殿にほぼ限られていた(最近では同島西部のハニャにおける使用が検証された)のに対して、ギリシア本土のミケーネ文化圏では、各地の王宮で使用されていた。クノッソス文書の年代は紀元前14世紀初め、ギリシア本土出土のものは前1200年ころと推定されている。
 線状文字Bは、約90の音節文字からなり、粘土板に横罫(よこけい)を引いたうえで、単語と単語の間は短い縦線でくぎりながら、左から右へ書かれた。書記を含めて文書係にとっても煩雑な文字であったためか、文末にはかなり具象的な象形記号が用いられ、文書の内容が一見して把握できるようにくふうされていた。粘土板文書は永久保存ではなく当座のメモにすぎなかったため、われわれには王宮などの拠点が焼き払われた最終年度の文書しか残されていない。ピロス文書によって貢納制国家としてのピロス王国の実態を部分的にかいまみることができるが、土地制度などに関する重要な術語は歴史時代につながらず、ポリス社会とは異質の世界とみることができる。[馬場恵二]
『チャドウィック著、大城功訳『線文字Bの解読』(1976・みすず書房)』

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

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