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聖憲 しょうけん

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

聖憲
しょうけん

[生]徳治2(1307)
[没]元中9=明徳3(1392)
南北朝時代の根来山中性院の学僧。新義真言宗の教学特に加持身説法説の大成者。根嶺先徳,加持門先徳と称された。中性院増喜より中性院流の奥義を伝えられ,次いで中性院第 14世となり,大伝法院学頭にも推される。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

聖憲 しょうけん

1307-1392 鎌倉-南北朝時代の僧。
徳治(とくじ)2年生まれ。真言宗。紀伊(きい)根来(ねごろ)寺(和歌山県)の増喜,順継らに密教をまなび,新義派の教学を整理・発展させた。のち同寺中性院4世をつぎ,ついで大伝法院の学頭にすすみ,弟子の育成につとめた。明徳3=元中9年5月29日死去。86歳。和泉(いずみ)(大阪府)出身。字(あざな)は定林。号は華海。著作に「阿字観鈔」など。

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朝日日本歴史人物事典の解説

聖憲

没年:明徳3/元中9.5.29(1392.6.20)
生年:徳治2(1307)
南北朝時代の真言宗の僧。新義派の密教哲学を大成した人物。和泉出身(大阪府南部)。根来寺で頼豪らから密教を修学,また盛誉に華厳を学んだ。俊才の誉れ高く,根来山の中核たる中性院の第4世となるとともに,密教研究機関たる大伝法院の学頭に就任。大伝法院の創建者である覚鑁の意図は聖憲の学力により明確になったと評され,令名を慕い学徒が雲集した。頼瑜が唱えた「加持身説」を大成した新義真言独自の哲学の建立,および煩瑣な論議を整理して重要な問題に力を集中させる教育上の配慮の2点がその功績とされる。以上の理由から後世,新義真言宗は学問研究にあまた成果を挙げるに至る。主著に,新義真言における論議の枠組みを決定付けた『大疏百条第三重』『釈論第三重』がある。『病中寓言鈔(阿字観鈔)』は病中も学問への熾烈な思いに燃える人となりを語る。弟子に快深,頼秀など。

(正木晃)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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