最新 心理学事典 「職務設計」の解説
しょくむせっけい
職務設計
job design
19世紀末から20世紀初頭にかけて,それまで習慣や経験に従って行なわれていた作業の管理(成り行き管理)を,労使ともに納得しうる合理的なものにしようとしたテイラーTaylor,F.W.の科学的管理法を出発点とする。その第一歩は,職務分析job analysisであり,時間研究などを基に職務を科学的・客観的に把握し,専門化,標準化,単純化することを通してムダ,ムラ,ムリのないものへと組み立て直した。そのような発想に基づく設計は,技術的な効率,すなわち「テクノロジーの解」の追求を優先し,専門化と単純化を追求することになり,当時急速に進化したベルトコンベアによる流れ作業と相まって,職務の細分化をもたらし,人間性疎外alienationを生じさせた。また,この職務設計は作業現場とは離れた部門で行なわれ,現場作業者から,考え,判断するという「ひと」らしさを奪うことにもなった。これを計画と執行の分離という。計画と執行の分離と単純化された反復労働は,第2次世界大戦後の豊かな社会の中で,成長欲求に支配された働く人びとのモチベーションを下げ生産性を押し下げただけでなく,1970年代のローズタウン・シンドロームLordstown syndrome(オートメーション労働拒絶症)に代表される労働者の組織的な反発を招き,生産性の低下をもたらした。
働く人びとの仕事へのモチベーションの低下や,ドイツ(旧西ドイツ)の共同決定法などに支えられた労働者代表の経営上の意思決定への参加や労使協議制をも含んだ労働生活の質の向上quality of working life(QWL),労働の人間化の動きに対して,働く人びとの意欲を充足させる,すなわち「ヒューマンの快」を志向した職務設計が試みられるようになった。その出発点にあるのが,イギリスのタビストック人間関係研究所や北欧を中心に展開した集団としての機能と技術の調和をめざした社会-技術システム論socio-technical systems approachという考え方や,ハーズバーグHerzberg,F.による動機づけ要因を満たす仕事づくりを志向した職務充実job enrichmentの考え方などである。このような働く人びとの「ひと」としての側面を重視し,そのニーズを充足する要素を仕事の中に組み込んでいくという考え方の職務設計を,多くの場合職務再設計job redesignという。
社会-技術システム論は,自律的作業集団ということばが示すように作業集団としての人の機能に注目しており,ボルボ社のカルマル工場の生産システムの変更に代表されるように,流れ作業から一人あるいは少人数で完成までを受けもつセル生産システムに変えることの中で,技術の多様性の追求や作業集団への意思決定に関する権限の委譲などが行なわれた。それに対して,職務再設計では,個々の働く人びとの意欲の充足に関心をもち,それらを充足できる職務であるかどうかをいかに判断するかという論議が1960年代以降盛んに行なわれた。そこでは,職務診断調査job diagnostic survey(JDS)などのように,働く人びとの成長欲求を前提として,職務多様性,課業同一性,課業重要性,自律性,フィードバックを含んだ職務が,働く人びとを仕事に動機づけるものとなるとしている。この考え方に基づくものとしては,QCサークル,ジョブローテーション,職務拡大job enlargementなどが挙げられる。また,働く人びとのワーク・ライフ・バランスの視点からは,労働時間を働く人びとが自己決定できる(時間の自己管理)フレックスタイム制度も,職務再設計として論じられる。これら一連の試みは,前述のようにQWLとして論じられたが,近年は,ディーセントワークdecent work(働きがいのある,人間らしい仕事)ということばで論じられることが多い。 →科学的管理法
〔小野 公一〕
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