F.W.テーラーを始祖とする工場管理の方法。狭義には,テーラーが提唱した工場労働の時間研究time studyによる標準時間と作業量の設定,職能別職長制度に,ギルブレスFrank Bunker Gilbreth(1868-1924)が開発した作業方法の研究(動作研究motion study)による作業簡素化・標準化を加えた管理方式をいい,しばしばテーラー・システムと同義に用いられる。広義には,各種の科学的理論に基づく経営管理の方策・技術・組織制度を総称し,経験・勘にたよる管理を成行き管理として対比的に用いる。中間的には,テーラー=ギルブレスの技法を発展拡大させた現在のIE(インダストリアル・エンジニアリング)の基礎技法部分を指すこともある。また,フランス人H.ファヨールの企業活動の分析,管理の要素分析を科学的管理法に含める考え方もある(たとえばP.ドラッカーなど)。
19世紀末のアメリカでは,機械化生産の進展につれ,機械化した生産過程の効率的運用が課題となった。出来高払制度と能率給を併用した賃金体系が広く採用されていたが,能率給は能率向上意欲を刺激するものの賃金上昇につながり,しばしば使用者側による賃率の切下げがみられた。その結果,労使の対立が激化・拡大した。テーラーの方法は,労使双方が合意できる方法で賃率を定めようとしたもので,科学的手法により作業を分析し,〈公正な1日の作業量である課業task〉を設定,賃率の基礎としようとした。テーラーの課業=目標の設定手法は,作業を要素作業に分割し,おのおのの作業時間をストップウォッチで測定し標準化したのち,合計して一定の余裕率を乗じて標準時間とするものであった。この標準時間によって,1日の課業を決定し,その目標に達した労働者には高い単価で出来高払賃金を支払い,達成できないものには低い賃率で支払う異率出来高払賃金制度もテーラーの提唱した方法である。この目標を達成させるために,課業管理task managementといわれる指導・統制体制を発案した。課業管理の第1は生産計画・課業設定・訓練などを担当する計画部と生産現場部門の分離であり,管理部門のはしりとされる。第2は作業の細部を指示する指導票制度である。指導票どおりの作業を実行すれば1日の課業が達成できる。現在でも広く用いられている標準作業指示書の原型である。第3は職長を機能別に分業化した機能別職長制の導入である。準備係,速度係,検査係,修繕係,手順係などの担当職長を置くことを推奨した。これらと異率出来高払制度によって,目標設定-指導統制-成果の評価という管理サイクル概念の原型が確立したのである。もとより,課業設定のためには作業方法の合理化・標準化が前提である。テーラーとは別途に,煉瓦積み職人だったアメリカ人ギルブレスは作業動作を改善するため動作研究に各種の手法を開発した。工程分析,高速度カメラによる微動作分析,動作を18の基本動作要素に分解し記号化したサーブリッグtherblig(ギルブレスのつづりの逆)表示法,さらに動作の基本としての疲労の研究などはギルブレス夫妻に端を発する。
科学的管理という名称が定着した1910年以後,批判も激化した。その理由を大別すると,(1)命令と統制による労働強化,人権無視である,(2)科学的でなく疑似科学的である,(3)人間を機械的に取り扱い,心理学的,社会学的にとらえていない,(4)計画と実行の分離の行過ぎにより労働が単調化する,等々である。とくにアメリカ労働総同盟(AFL)は1913年大会で科学的管理反対を決議,15年には議会を動かし軍予算を時間研究や割増賃金支払に使うことを禁止させた。しかし,アメリカが第1次大戦に参加した後は労使関係は休戦状態になり,やがてAFLも科学的管理法の実施に協力することになった。第2の批判は,主として生理学者からのもので,疲労度を十分に検討していないという指摘であった。主としてヨーロッパの労働生理学者から寄せられた批判は,テーラー・システムを一面で評価しつつも,課業の設定における疲労度の定量化の必要性を説くもので,その後の労働科学の発達の一原因となった。第3の批判は,労働者を性別・年齢を問わず機械的に定量化・標準化し,情意ある人間として把握していないとするもので,ハーバード大学のG.E.メーヨー,F.J.レスリスバーガーらのウェスタン・エレクトリック社ホーソーン工場での実験(ホーソーン実験,1927-39)を契機として,労働者の参加と動機づけ(モティベーション)が強調されるようになり,人間関係論(ヒューマン・リレーション),行動科学へと発展することとなった。第4の点についても,業務拡大(ジョブ・エンリッチメント)や,多能工化,さらには分業流れ工程の否定など,のちに多くの試行が行われて現在に至っている。また,レーニンは科学的管理を一時批判したが,のちにソ連でも作業目標の設定に時間研究が取り入れられ,課業(ノルマ)は広く用いられるに至った。
一方テーラーの時間研究は,その後継者のA.シーガー,J.クイック,M.メーナードらによる標準時間前決め法に発展,ギルブレスの動作研究はA.モーゲンセンにより作業簡素化計画として拡大され,第2次大戦後オペレーションズ・リサーチとシステム工学を取り入れ(R. レーラー,G. ナドラーら),ワーク・システムと呼ばれて,ともに現在のインダストリアル・エンジニアリングの基本的技法となっている。
日本への紹介導入は1911年テーラー・システムの解説が新聞に掲載されて反響を呼び,13年にはテーラーの《The Principle of Scientific Management》が星野行雄によって《学理的事業管理法》と題して翻訳された。工場での採用も積極的で,当時の代表的大工場であった呉海軍工厰(1919),鉄道省工作局,逓信省逓信能率研究会(1916),農商務省能率課新設(1920)と軍・官を挙げて導入が試みられた。民間企業では,新潟鉄工所東京工場が社員を派米,直接テーラーに指導を受けて全面的に導入した(1915)のをはじめ,日本陶器,中山太陽堂,福助足袋本店,芝浦製作所,鐘淵紡績,ライオン歯磨本舗など大正時代につぎつぎと導入している。組織内に作業測定係を置き,時間研究,賃率設定を実施したのは三菱電機神戸製作所(1926)が日本最初といわれる。
執筆者:阿部 圭
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20世紀初頭アメリカの能率技師F・W・テーラー(1856―1915)が開発・実践した管理方式であるテーラー・システムと、彼の信奉者たちにより展開・普及した諸管理方式を含めて、科学的管理法、もしくは単に科学的管理という。科学的管理法をテーラー・システムのみに限定したり、科学を基礎にした経営管理をすべて含むものとする考え方もあるが、一般には前述のように理解する。
[森本三男]
19世紀後半、アメリカ合衆国では工業化が急速に進展し、それとともに、機械化された生産過程をいかに能率的に稼動させるかが大きな問題になった。この問題に対処する試みは能率増進運動とよばれたが、その中心となったのは機械技師であった。当時は、管理問題の専門家はまだ存在せず、工場における生産過程の能率化は、機械技師を中心にしていた。テーラー自身も、もともとは機械技師であった。
19世紀の能率向上策の基本は、能率給のような賃金によって能率向上を刺激するものであったが、能率向上は賃金コストの上昇を招き、それを抑制するためにしばしば賃率の切下げが行われた。このことは、賃金制度に対する労働者の不信を生み、慢性的な怠業を蔓延(まんえん)させることになった。多くの論者はこのような怠業への対策として、刺激を強化する新しい賃金制度の開発に努力を傾注したが、能率向上を実現するに至らなかった。テーラーは、怠業の原因を賃金制度の根底にある賃率決定方法の非科学性にあるとし、科学的な方法によって作業を分析し、「公正な1日の作業量」である課業(タスクtask)を設定し、それを賃金制度の基礎にすると同時に、生産の計画的・能率的遂行の出発点に置こうとした。テーラーは、管理問題の基礎を科学に求めることにより、労使間の無用な紛争と不信を除去し、相互の繁栄をもたらすことが可能になるとし、管理の科学の必要を説いた。このような科学的管理法の根底にある考え方をテーラーリズムという。
[森本三男]
課業を設定するためには、作業に要する標準作業時間を決定しなければならない。たとえば、ある製品を1個生産する標準作業時間が1時間であるとすれば、1日(8時間労働)の課業は8個と決定できることになる。このような標準作業時間を決定する手続を、時間研究という。標準作業時間は、作業を構成する一連の要素作業時間の合計に、一定の余裕時間を加えたものであるが、テーラーは、要素作業時間の計測にストップウォッチを使用した。しかし、時間研究による標準作業時間が科学性をもつためには、その前提として、作業の内容が合理的に適正化され、標準化されていなければならない。そのためには、時間研究に先行して、不必要な動作やむだな動作を排除し、必要・最善の動作の連続として作業を構成する研究をしなければならない。これを動作研究という。このような動作研究は、テーラー自身よりも、彼の信奉者であるF・B・ギルブレス(1868―1924)によって本格的に展開された。時間研究と動作研究とをあわせて作業研究というが、それは当然に作業手段や作業環境の改善をも含むことになる。
[森本三男]
課業(タスク)は、標準作業時間と標準作業内容を内包した標準作業量であるが、これを土台にして生産の全体を計画的・能率的に遂行するシステムを課業管理という。課業管理の前提になる課業の設定と生産計画への編成を担当するのが計画部制度である。これは、その後の管理部門の萌芽(ほうが)形態とみることができる。計画部は、課業の内容を指導票という文書によって作業者に指示する。各作業者が指導票の内容に従って作業を遂行すれば、生産の計画的・能率的推進が可能になるはずであるが、放任しておいてはそれが不可能である。そのため、職能的職長制度と差別的出来高給制度が用いられる。職能的職長制度は、専門化を最大限に活用する現場管理制度であり、差別的出来高給制度は、課業を達成した者には高い報酬を、達成しえなかった者には低い報酬を与える刺激賃金制度である。
[森本三男]
科学的管理法に対しては、人間の主体性を認めず、人間を機械と同一の運動法則においてとらえようとしているとの強い批判が、労働組合や労働科学者から出された。この批判は、科学的管理法の基礎にある科学が、人間の科学ではなく人間を物的視する自然科学ではないかという疑問につながる。確かに、科学的管理法はこのような批判を招く要素を多分に含んでいた。このため、1920年ごろになると、人間性の問題を扱う労務管理や人事管理が分化して独自の領域を形成するようになり、科学的管理法の技術的な思考と手法はインダストリアル・エンジニアリングに純化されて発展することになる。なお、課業管理は旧ソ連に導入されて積極的に活用され、課業はノルマの名で有名になった。
[森本三男]
『F・W・テーラー著、上野陽一訳・編『科学的管理法』(1969・産能大学出版部)』▽『清水晶著『経営能率の原理――テイラー理論への回帰』(1970・同文舘出版)』▽『向井武文著『科学的管理の基本問題』(1970・森山書店)』▽『D・ネルソン著、アメリカ労務管理史研究会訳『科学的管理の展開――テイラーの精神革命論』(1994・税務経理協会)』
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…さらに20世紀に近づくと,今度は機械の作業速度に合わせて人間の標準作業量を管理するといった生産の合理化が追求されて,それまでの大量生産方法は機械と人間を組織的に管理する技術にまで進んだ。この方法は通常〈科学的管理法〉と呼ばれ,20世紀初めヘンリー・フォードにより完成された〈流れ作業〉方式とともに,今日のオートメーションにいたるアメリカ的機械技術の特徴をつくりあげた。ところで,この大量生産には当然,大量販売と消費が前提とされるが,とくに19世紀後半に拡大した国内市場は,これに適合する規格化された大衆品の市場であった。…
…こうして,標準作業方法,標準作業時間が定められ,その結果,標準作業量すなわち課業が科学的に設定される。以上のような動作研究,時間研究による課業の科学的設定を最初に試みたのは,F.W.テーラーの科学的管理法である。19世紀末のアメリカの多くの工場では,単純出来高給制度(能率給)が採用され,しかも出来高賃率の切下げがしばしば行われ,労働者はこれに組織的怠業systematic soldieringという手段をもって対抗したため,生産能率の低下が大きな社会問題となった。…
…では,行政領域に固有な論理,技術とは何か。これに手がかりを与えたのが科学的管理法であった。当時,アメリカの産業界では,資本と経営の分離,経営の組織と管理の技術の合理化が進められていた。…
… アメリカ経営学の最初の問題意識は,分業を進行させていた生産活動を体系的に管理するための労務管理と生産管理にかかわっていた。1880年代から20世紀初頭にかけて,これらの問題に直面していた機械技師たちによってさまざまの議論がなされたが,そのうちの代表的なものの一つがF.W.テーラーによる科学的管理法である。これは企業経営の問題に初めて科学的に接近したものとして広く注目を集め,実践面にもまたその後の経営学の発達にも大きな影響をもった。…
…彼の主張は,それまで作業する労働者自身が,先輩の熟練労働者や自分自身の経験を通して体験していった個人的,伝承的な仕事のやり方から,第三者が客観的に観察し,その合理的なあり方を討議しうるやり方に道を開くものであったといえる。 テーラーの科学的管理法が各種の工場現場に導入されていったとき,直面したものは激しい労働組合の反対であった。その理由はY.ヨーダーによれば,(1)労働者の機械視,(2)分配の不公正,(3)経営独裁の提唱,(4)労働組合の否定,となる。…
…当時(1900年代初頭)の工場管理は職長に全権が集中し,採用・解雇や賃率の設定が恣意的に行われていたが,その現状を科学的に分析し,大量生産方式による大規模経営の管理に原則を与えたのは,F.W.テーラーである。彼の提唱する科学的管理法の手法は,同時代の能率技師であったF.B.ギルブレスやその後継者によって生産工学的な管理技法に展開されていった。職務分析もその系列に属する。…
…能率増進運動の最初の体系的提唱者は,アメリカのF.W.テーラーである。彼はアメリカ産業界における現場管理のシステム化について実験し研究してきた成果をまとめ,1903年に《職場管理Shop Management》,さらに11年に《科学的管理法の原理The Principles of Scientific Management》を出版した。後者が広く社会の注目をあび,当初は労働組合の反対もあったが,とくに第1次大戦中の生産増強の必要性にも迫られて,科学的管理法はアメリカ産業界に普及するに至った。…
… 20世紀の産業社会を特徴づける大量生産体制は,その効率性により〈豊かな社会〉実現の原動力となったが,他方では労働の単調化・無意味化,生産組織における権威主義と抑圧性を強める傾向をもち,いわゆる労働疎外を生み出すとの批判をも招いた。こうした批判は,大量生産体制の二つの支柱,すなわち,テーラー主義の管理思想(〈科学的管理法〉の項参照)やフォード・システム(流れ作業)に対する思想的批判として古くからあったが,これを大衆化したのはC.チャップリンの名画《モダン・タイムス》である。その後,産業心理学や産業社会学がこの問題についての分析を深めていく過程で,労働問題の視角からだけでなく,経営効率の観点からみても,職務の細分化や仕事における思考(管理)と遂行(労働)の分離の行きすぎが生産性の向上をむしろ阻害しているとの批判を加え,これに代わる職務編成と生産組織のあり方を探りはじめた。…
※「科学的管理法」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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