肝腎症候群

内科学 第10版 「肝腎症候群」の解説

肝腎症候群(肝・胆道の疾患)

定義・概念
 肝腎症候群は肝硬変の非代償期や劇症肝炎などの重症肝疾患に伴う進行性の急性腎不全である.腎皮質血管の攣縮による腎内血行動態の不安定状態と腎内血流分布異常を本態とし,著しい腎血流障害と糸球体濾過値の減少とは対照的に尿細管機能は保たれている.急性尿細管壊死,糸球体腎炎腎皮質壊死慢性腎盂腎炎などの器質的変化とは区別され,肝移植が成功すると腎不全は速やかに回復する.一方,腎虚血が長期間持続すると急性尿細管壊死に進展することもある.
分類
 臨床経過により2型に分類される.1型は急速な経過をとり,発症後2週間以内に血清クレアチニンが病初期の2倍以上となり2.5 mg/dLをこえるもので,特発性細菌性腹膜炎(spontaneous bacterial peritonitis :SBP)を合併する症例はこの型をとる. これに対し2型は緩徐な経過をとるもので,通常難治性腹水を伴い,BUN,クレアチニンは50 mg/dL,2 mg/dL以下である.
疫学
 肝硬変腹水例での年間発生率は約8%,劇症肝炎例での合併率は20〜30%とされている.
原因
 1型は敗血症や重症膵炎に合併する急性腎不全に類似しており,特発性細菌性腹膜炎が誘因として重要であり,循環不全,低血圧,心機能・肝機能障害,肝性脳症などを伴い,予後がきわめて不良である.一方,2型肝腎症候群は肝硬変の循環障害が徐々に進行して自然に発症するタイプで,難治性(利尿薬抵抗性)腹水を呈することが多い. 肝腎症候群の発現には多くの因子がかかわっている.いまだ不明な点も多いが,腹水発現の根底をなす循環動態,神経性・体液性因子,腎機能の異常が極端に進んだ結果生じる病態と見なされる.肝腎症候群では腎動脈が強い収縮状態にあるのとは対照的に腹部内臓領域を中心として全身の末梢動脈が拡張している.この血管拡張のために血流の多くがこれらの領域に奪われ,有効循環血液量は減少(underfilling)し,血管収縮性,Na貯留性の神経性・体液性因子が増加して,腎動脈収縮を助長する. 進行した肝硬変では腎機能維持のために腎組織内で血管収縮性因子と拡張性因子がせめぎあっている. すなわち,交感神経系,レニン-アンジオテンシン系の亢進,エンドトキシン血症,エンドセリンバソプレシンの増加など血管収縮刺激が過剰な状態となる一方で,血管拡張作用をもつ酸化窒素,プロスタグランジン(PG), アドレノメジュリン,心房性Na利尿ペプチド(ANP)などが増加し,腎循環はかろうじて平衡を保っていると考えられる.非ステロイド性抗炎症薬を肝硬変腹水例に投与するとPG合成酵素が阻害され,肝腎症候群類似の病態が引き起こされることから,血管拡張性PG(PGE2,PGI2など)は腎血流の維持に重要と考えられるが,肝腎症候群ではこれらの腎内での産生が低下している.
 また,PG関連物質のうち血管収縮性のトロンボキサンA2,ロイコトリエンE4の増加が肝腎症候群発症につながるとの成績も出されている. 最終的に増加していた心拍出量が低下し,これを機に腎循環の平衡が崩れて,肝腎症候群に進行するものと考えられている(図9-1-11).出血,感染(SBPなど),大量腹水穿刺排液,利尿薬の乱用,手術侵襲などが誘因となる可能性がある.急性尿細管壊死の発症には,敗血症やエンドトキシン血症に基づく,播種性血管内凝固症候群(DIC)の合併が重要である.
病態生理
 最も重要な病態生理学的変化は,腎皮質血管の攣縮による腎内血行動態の不安定状態と腎内血流分布異常である.肝腎症候群の患者に選択的腎血管造影を施行すると,腎皮質表層部の小葉間動脈の攣縮や,造影欠損および皮質造影像の欠如などが認められるが,死後同一の腎を再度造影すると皮質末梢までよく造影される.また133Xe-washout法や超音波ドプラ法による解析で傍髄質および髄質の血流量は保たれているが,皮質外層の血流量が減少していることが確認されている.肝腎症候群が可逆的な機能性の障害であることは,肝腎症候群に陥った患者の腎を正常肝を有する腎不全患者に移植した場合に腎機能は正常化し,また逆に,肝腎症候群を呈する患者に肝移植を施すと腎不全が速やかに回復することから証明されている.
病理
 腎は形態学的には一般に正常か軽度の変化を呈するのみで,特異的な腎病変を認めない.しかし,本症では,尿細管拡張,尿細管円柱など急性尿細管壊死への移行を示唆する所見を種々の程度にみることがあり,腎循環障害が持続すれば急性尿細管壊死への進行が起こり得る.さらに本症では近位尿細管がBowman囊内に逆向きに侵入する所見(glomerular tubular reflux)を高率に認めるとの報告がある.
臨床症状
 突然の乏尿(500 mL/日以下)で発症する.通常,中等量以上の腹水を有する非代償性肝硬変患者にみられ,肝性脳症を伴うことが多い.黄疸の程度はまちまちである.
検査成績
 初期濃縮尿(尿比重>1.020,尿浸透圧>400 mO­sm/L,尿/血漿浸透圧比>1)と尿中Na濃度の著減(UNa<10 mEq/L)が特徴で,尿/血漿クレアチニン比は30をこえ,Naの排泄率(fractional excretion:FENa)は1未満となる.尿蛋白あるいは血尿をみることは少なく,あっても軽微である.血液生化学的所見としては,血清クレアチニンの上昇,BUNの上昇を示すが,原発性腎疾患の末期にみられるほどの高値には達しない.腎の超音波ドプラによる腎血管抵抗指数(resistive index)はGFR低下の鋭敏な指標になりうる.
診断・鑑別診断
 本症候群は急性尿細管壊死,糸球体腎炎,腎皮質壊死,慢性腎盂腎炎などの器質的変化(器質性腎不全)ないし消化管出血や腹水穿刺などによる循環血流量の減少に由来する急性腎不全(腎前性腎不全)とは区別される性格の病態である.乏尿がなく,UNa>40 mEq/L,尿浸透圧<400 mOsm/L,尿/血漿クレアチニン比<20,FENa>2で尿中に細胞円柱を認める場合には急性尿細管壊死の合併を考える.出血,感染,腹水穿刺,利尿薬投与,手術などを契機に腎不全が発症する場合,腎前性腎不全と肝腎症候群との鑑別が問題となる.腎前性腎不全においても肝腎症候群の場合と同様に濃縮尿,尿中Na濃度の著滅が認められるが,利尿薬を中止し,等張液輸液により循環血漿量を増加させても改善がみられないときは肝腎症候群が考えられる.1型肝腎症候群の誘因であるSBPにおいてアルブミン輸液に腎障害予防効果があることをふまえ,「利尿薬を2日間中止し,アルブミン輸液(1 g/kg体重,最高100 g/日)により循環血漿量を増加させても血清クレアチニンが1.5 mg/dL以下に低下しない」という国際診断基準が最近提唱された.
経過・予後
 病態は重篤で,予後はきわめて不良である.
治療
 基礎疾患の治療にあたっては,本症候群発生の可能性を念頭におき,常に予防対策を心がける必要がある.感染併発例では腎毒性の少ない抗菌薬を選び,利尿薬の使用や腹水穿刺には十分慎重を期し,播種性血管内凝固症(DIC)や消化管出血の予防に留意し,出血時には速やかに対処して循環血液量の保持と止血に努める.また,手術を必要とする場合には,ショック防止,水分・電解質バランスの調節に留意する.静脈瘤破裂とそれに続く特発性細菌性腹膜炎は腎不全の危険因子でもあり,迅速な抗菌薬投与が必要である.腎不全が生じた場合には,まず,循環血液量確保のためにアルブミンを補充し,血管収縮薬を投与する.とくにバソプレシン合成アナログのテルリプレシンの臨床効果は注目され,アルブミン静注と併用することにより65%の1型肝腎症候群で腎機能の回復が報告されている.このほか,α-交感神経作動薬ミドドリンとソマトスタチンアナログオクトレオチドの併用,ノルアドレナリン,アルブミン,フロセミドの併用などの有効性が報告されている.最近,経頸静脈肝内門脈大循環シャント(TIPS)による腎機能の改善と延命効果が報告されている.米国では腹膜-頸静脈吻合術が35%に有効とされているが,DICや感染の併発が危惧される.透析療法の有効例は少ないが,劇症肝炎では肝補助療法と組み合わせて積極的に行う.肝移植は根治療法であり,移植不全が生じないかぎり救命し得るが,わが国では一般化していない.[福井 博]

肝腎症候群(肝疾患と腎障害)

(1)肝腎症候群(hepatorenal syndrome)
概念
 肝腎症候群は胆道閉塞で黄疸のある患者に対しての手術後に高率に急性腎不全が起こることに対して使われた名称であるが,現在は劇症肝炎や肝硬変など重篤な肝疾患の際に起こる急性腎不全を総称して肝腎症候群とよんでいる.しかし,厳密には機能的な急性腎不全であり,急性尿細管壊死とは区別される.すなわち腎前性腎不全の病態が持続している状態と考えられる.
分類
 肝腎症候群は急速進行型の1型と緩徐進行型の2型に分類される.血清クレアチニンが急速に上昇し2週間以内に倍増かつ2.5 mg/dL以上となるものは1型とされ,それ以外で血清クレアチニン1.5 mg/dL以上の場合は2型と分類される.特に1型は重篤で予後が悪い.
病因
 急性腎不全の発現機序は明らかではないが,腎に明らかな形態異常が認められないこと,正常な肝のヒトに肝腎症候群の患者の腎を移植すると腎機能が回復すること,肝腎症候群の患者に正常な肝臓を移植すると腎機能が改善することなどから腎の機能的異常と考えられている.基本的には水・Naの排泄障害と腎血管の収縮による腎血流量や糸球体濾過値の減少が原因とされている.
疫学
 肝硬変患者の入院において,19%の症例で急性腎不全が生じるという.このうち,腎前性腎不全が68%を占め,急性尿細管壊死などの腎性腎不全が32%,腎後性は1%であったという.腎前性腎不全の内訳では,補液やアルブミン投与などによる血管内脱水の治療に反応して改善するものが66%,肝腎症候群の重症型である1型に至るものが25%,2型が9%と報告されている.
病態生理
 肝腎症候群の病態としていくつかの説があるが,Schrierらの提唱したperipheral vasodilatation theory が最も有力である.これは肝硬変において増加するエンドトキシンなどの血管作働性物質や門脈圧亢進のため動静脈シャントの開大が起こり,特に腹腔内の末梢血管が拡張し,その結果,循環血液量は減少せずに圧受容体を刺激し,交感神経系,レニン-アンジオテンシン系,バソプレシンを活性化し,水,Naの貯留を促し,また,腎血管を収縮させ腎血流量が低下するという考えである.腹水を呈するような肝硬変患者では血中アルドステロン濃度やノルアドレナリン濃度,バソプレシン濃度は上昇している.肝硬変患者では強力な血管収縮因子であるエンドセリン濃度は高値を示し,腎血管の収縮に関係していると考えられている.また,血管拡張因子であるNO産生は亢進しており,腹腔内の血管拡張に関係しているとされている.
臨床像
 明らかな腎不全の原因はみられないが,肝硬変の患者に利尿薬を投与したり,腹腔穿刺をして腹水を多量に除去した後や,感染症,消化管出血,外科的処置の後に乏尿になることが多い.当初,尿中Na濃度は10 mEq/L,尿中Na排泄率は1%以下で,腎前性の急性腎不全を示唆するが,経過とともに急性尿細管壊死の所見を呈する.肝腎症候群と急性尿細管壊死を鑑別するのは困難な場合が多いが,急性尿細管壊死では通常尿中Na濃度は10 mEq/L以上であり,γ-GTPなどの尿中酵素や,尿中β2-ミクログロブリンの増加は急性尿細管壊死で認められ両者の鑑別に有用である.
診断と鑑別診断
 International Club of Ascitesの示す診断基準を表11-6-8に示す.肝腎症候群は,腎前性腎不全であり,急性尿細管壊死とは厳密には区別される.急性尿細管壊死もまた肝硬変患者にしばしば認められ,おもにアミノグリコシド系の抗菌薬の使用,あるいは出血や敗血症性ショックなどによる腎虚血によって生じることが多いが,鑑別は必ずしも容易ではない.
治療・予後
 肝腎症候群では補液による病態の改善は困難であり,血液透析も考慮されるが,肝不全の進行などにより予後は不良であり唯一の治療法は肝移植である.したがって肝腎症候群の誘因となるような大量の腹水の穿刺や利尿薬の投与には十分注意する必要がある.肝腎症候群の1型との2型のうち特に1型は重篤で予後が悪い.保存的にバソプレシンアナログなどの血管収縮薬やアルブミンの静脈内投与が行われるが,いずれもいっそうの腎機能低下を招く恐れがあり標準的な治療としては確立していない.外科的には腹腔頸静脈シャントや門脈大循環シャントの造設,経静脈的に肝内の門脈と肝静脈とステントでつなぐtransjugular intrahepatic portosystemic shunt(TIPS)などが行われ,腹水の減少や腎血流量の改善などに効果を認めたとの報告もなされている.通常,肝腎症候群の予後は,1型で2週間,2型で6カ月とされる.[山辺英彰]
■文献
Gines P, Schirer RW: Renal failure in cirrhosis. N Engl J Med, 361: 1279-1290, 2009.
Schena FP, Alpers CE:Membranoproloferative glomerulonephritis, dense deposit disease, and cryoglobulinemic glomerulonephritis. In: Comprehensive Clinical Nephrology (Floege J, Johnson RJ, et al ed), pp 675-683, Elsevier, St.Louis, 2010.
島田美智子,山辺英彰:腎障害をきたす全身性疾患-最近の進歩 ウィルス性肝炎.日内会誌,100: 1308-1312, 2011.

出典 内科学 第10版内科学 第10版について 情報

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「肝腎症候群」の意味・わかりやすい解説

肝腎症候群
かんじんしょうこうぐん
hepatorenal syndrome

肝症状と同時に尿中に蛋白,円柱などが出現し,尿量減少など高度の腎機能障害をみる症候をいう。

出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報

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