肺高血圧症・肺性心

内科学 第10版 「肺高血圧症・肺性心」の解説

肺高血圧症・肺性心(肺循環障害の臨床)

(3)肺高血圧症・肺性心(pulmonary hypertension:PH,cor pulmonale)
定義・概念
 肺高血圧症とは肺動脈圧の上昇を認める病態総称であり,肺動脈圧上昇の原因はさまざまである.安静臥位での平均肺動脈圧が25 mmHgをこえる場合に診断される.肺性心とは呼吸器系の機能的・構造的異常により,肺高血圧症を呈し(肺動脈圧が上昇し),右心室が肥大・拡張し機能不全(右心不全)を呈した病態である【⇨5-18】.
分類
 肺高血圧症の病態解明とともに分類は変遷してきているが,最新の分類は2008年のDana Point分類である(表7-10-6).肺高血圧症は肺動脈圧の上昇を認める病態の総称であり,分類により病態が異なることに注意が必要である.
病因
 特発性(idiopathic pulmonary arterial hypertension:IPAH)および遺伝性(HPAH)肺動脈性肺高血圧症の発症機序はいまだ明らかではないが,海外ではHPAHの約50%に,IPAHの約20%にbone morphogenetic protein receptor type 2 gene(BMPR2)の変異が存在することが報告されている.また,本来は遺伝性出血性毛細血管拡張症の原因遺伝子であるactivin receptor-like kinase 1 gene(ALK1)や,小児例ではエンドグリン(endoglin)の遺伝子異常が発見され,これらが本症発症の遺伝的素因として認識されている(表7-10-6のHPAHを参照).
疫学
 欧米,日本ともに,肺動脈性肺高血圧症の発症頻度は人口100万人あたり10人前後と推定される.
病理
 2003年のVeneziaでのWHOの肺高血圧会議において,新たな肺血管病理分類が示されており,病変の生じている部位(肺動脈,肺静脈,毛細血管),炎症所見合併の有無に関して記載することが提案されている.肺筋性動脈の中膜肥厚が重要な所見であり,平滑筋の肥大・増殖,細胞外基質の増加による.平滑筋の増殖に遺伝的素因であるBMPR2の変異が関与する.中膜肥厚以外に,内膜肥厚として,筋線維芽細胞などの細胞増殖に伴う細胞性内膜肥厚と線維成分(細胞外基質)の増加が関与する.複合血管病変として,叢状病変(plexiform lesion),拡張性病変,血管炎所見が認められることもある.
病態生理
 肺血管病変により肺動脈抵抗が上昇し,肺血流の流れが障害されるために,右心室に圧負荷がかかるために右心室が肥大・拡張(肺性心),その機能が破綻した状態が右心不全である.全身への心拍出量が低下するために,組織酸素化が障害され,呼吸不全となる.
臨床症状
 肺高血圧症の自覚症状として,労作時呼吸困難,易疲労感,動悸失神などがみられる.いずれも軽度の肺高血圧症では出現しにくく,症状が出現したときにはすでに高度の肺高血圧が認められることが多い.
 他覚的所見としては,低酸素血症に伴うチアノーゼ,頸静脈怒張,肝腫大,下腿浮腫などがあげられる.さらに,三尖弁閉鎖不全症に伴う第Ⅳ肋間胸骨左縁での汎収縮期雑音(吸気時に増強しRivero-Carvallo 徴候とよばれる),肺動脈弁閉鎖不全症に伴う第Ⅱ肋間胸骨左縁での拡張早期雑音(Graham Steell 雑音),Ⅱ音肺動脈成分の亢進を聴取することがある.
検査成績
1)右心カテーテル検査:
肺高血圧の存在診断には必須である.
2)心エコー検査:
右心室,右心房の拡張,肺高血圧が高度の場合には心室中隔の左室側への偏位が認められる.心エコー・ドプラ法を用いた肺動脈圧の推定にはいくつかの方法があるが,三尖弁逆流から簡易Bernoulli式を用いて推定する方法が最も一般的である.肺高血圧症例では,推定肺動脈収縮期圧>40 mmHg,肺動脈収縮期流速加速時間/右心室駆出時間(AcT/ET)<0.3などがみられる.
3)胸部造影CT検査:
右心房,右心室,肺動脈の拡張を認める.造影剤を使用することで肺動脈内血栓や肺動脈病変の評価が可能である.肺血管の形態変化を観察するためのゴールドスタンダードは肺動脈造影であるが,胸部造影CT検査にて特に中枢部の病変の描出は代用可能である.
4)肺シンチグラム:
肺血流シンチグラムは血流障害部位の検出に用いられるが,肺実質障害部位でも血流欠損を生じるので,病態診断には胸部X線検査や胸部CT検査といったほかの画像や換気シンチグラムを併用する.肺塞栓症や血管炎といった肺血管が原因の場合には,血流障害部位のみが楔状血流欠損像として描出される.
5)血液検査:
心負荷の指標であるBNP,凝固系マーカーであるD-ダイマーが病態診断・鑑別診断に有用である.
6)心電図検査:
右室肥大に伴った心電図変化が現れる.
7)胸部X線検査:
両側中枢側肺動脈の拡張と,右心房,右心室の拡張に伴う心拡大が認められる.
8)動脈血ガス分析:
肺動脈性肺高血圧症では,低炭酸ガス血症を伴った低酸素血症を認めることが多い.
9)肺機能検査:
IPAH/HPAHでは拡散障害を認める.6分間歩行試験が機能評価に有用である.
診断
 明らかな肺病変,心疾患を認めずに労作時息切れを訴える例,強皮症スペクトラム(強皮症,CREST 症候群,overlap症候群,混合性結合組織病(MCTD)など)とIPAH/HPAHの家族では,非侵襲的検査方法によるスクリーニング検査が必要である.特に有用な非侵襲的検査法として心エコー法が使用されるが,偽陽性例・偽陰性例の存在に注意が必要である.スクリーニング検査で肺高血圧症の存在が疑われた場合には,精密検査にて右心カテーテル検査を含めての精査が必要である.さらに表7-10-6にあげた肺高血圧症の中での病態診断が,治療と関係するために必要である(図7-10-8).
鑑別診断
 労作時呼吸困難を呈する呼吸器疾患・循環器疾患などが鑑別すべき病態である.
合併症
 肺高血圧症の結果,右心室が肥大・拡張し機能不全を呈した病態が肺性心である.
予後
 未治療IPAH/HPAHの5年生存率は,肺血管拡張療法導入前は40%と不良であったが,肺血管拡張療法が保険適用になった2005年以降は改善しており,治療可能例の5年生存率は70~80%まで改善している.死亡例は,突然死ないしは右心不全死が多い.
治療
 治療として従来使用されてきたのは,経口抗凝固薬,利尿薬,酸素療法である.近年,肺血管拡張療法が臨床的効果をあげている(図7-10-9).肺血管平滑筋を弛緩させるプロスタサイクリンおよびその誘導体,肺血管を収縮させるエンドセリンが平滑筋上の受容体に結合することを防ぐエンドセリン受容体拮抗薬,血管平滑筋を拡張させるサイクリックGMPを増加させるホスホジエステラーゼ5(PDE5)阻害薬である.病態(重症度)に応じて使用されているが,重症例での薬物併用療法をどうするかは世界的に研究が進行中である.[巽 浩一郎]

出典 内科学 第10版内科学 第10版について 情報

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