胃悪性リンパ腫

内科学 第10版 「胃悪性リンパ腫」の解説

胃悪性リンパ腫(胃悪性リンパ腫・胃肉腫)

(1)胃悪性リンパ腫
定義・概念・分類
 胃原発悪性リンパ腫は胃から発生する節外性リンパ腫であり,胃悪性腫瘍の約1%を占める.大半がB細胞性非Hodgkinリンパ腫である.組織型ではMALT(mucosal assosiated lymphoid tissue)リンパ腫が40~50%,びまん性大細胞型リンパ腫(DLBCL)が30~40%であり,大半を占める.胃MALTリンパ腫は概念の提唱者であるIsaacsonらによる分類では低悪性度と高悪性度に分類されていたが,2001年の新WHO分類では高悪性度胃リンパ腫はびまん性大細胞型B細胞リンパ腫と分類し,高悪性度胃MALTリンパ腫という名称は用いない.混在型ではその線引きは容易ではないが,一般には,大型細胞が5%以上認められればびまん性大細胞型MALTリンパ腫とされる.その他,まれながら濾胞性リンパ腫,マントル細胞リンパ腫,Burkittリンパ腫などがある.T細胞性もまれであるが,わが国では成人T細胞性白血病/リンパ腫の胃病変が多い.
発生起源・病因・病理
 リンパ濾胞のどの部位から発生するかによって原則的にはリンパ腫組織型が決定され,腫瘍細胞も発生起源となるリンパ球と同様の細胞形質を有する(図8-4-33左).胃MALTリンパ腫はリンパ濾胞マントル層外側のマージナル層B細胞由来と考えられている.マージナル層B細胞形質はCD5陰性,CD10陰性,CD20陽性であり,リンパ腫細胞も同様の形質である(表8-4-8).胃MALTリンパ腫の組織学的特徴は,①胚中心細胞(centrocyte)に類似したcentrocyte-like cells(CCLs)の浸潤,②リンパ腫細胞による粘膜腺上皮の破壊lymphoepithelial lesion(LEL)(図8-4-33中),③形質細胞の増生,④リンパ濾胞の残存,である.MALTは消化管のみならず,甲状腺,肺,唾液腺,尿道,眼窩にも認められ,たとえば唾液腺ではSjögren症候群に伴うリンパ腫(pseudolymphomaとよばれていたリンパ腫),甲状腺では橋本病に伴うリンパ腫があり,いずれも慢性炎症を背景に発生すると推定される.胃MALTリンパ腫はHelicobacter pylori(H. pylori)感染を基盤にリンパ濾胞が生じ,ここから発生すると推定される.従来,わが国で胃RLH(reactive lymphoreticular hyperplasia)と診断された病変の大部分は今日では胃MALTリンパ腫と考えられる.濾胞性リンパ腫はリンパ濾胞胚中心から発生,マントル細胞リンパ腫はリンパ濾胞マントル層から発生,DLBCLはさまざまである.多くのMALTリンパ腫は予後良好,マントル細胞リンパ腫は予後不良,DLBCLはさまざまであるので,組織型による鑑別診断は重要である(図8-4-33右).
分子病理
 MALTリンパ腫細胞の免疫グロブリン遺伝子には再構成があり,モノクローナルな増殖であるが,H. pyloriと浸潤T細胞依存性でもある.H. pylori除菌後に再構成が消失する例があり,反応性増生か腫瘍性増生かは不明瞭である.MALTリンパ腫では従来の染色体検査で低頻度ながら染色体転座があることが知られていた.最近,その責任遺伝子が,第11染色体のAPI2遺伝子と第18染色体のMALT1遺伝子の相互転座であることが明らかにされた.そのキメラ遺伝子の鋭敏な検出法が開発され,その有無と除菌治療の関連が明らかにされた.API2-MALT1キメラ遺伝子陽性胃MALTリンパ腫は除菌無効例が多く,キメラ蛋白は細胞内での安定性が高く,MALT1蛋白の安定化を介してNF-κBの持続的活性化および抗アポトーシス作用がマージナル層由来B細胞の分化,増殖調節の逸脱に関与していると推定される.ほかの染色体転座の場合も最終的には同一の分子機序をとる(図8-4-34)(Honmaら,2007).一方,びまん性大細胞型リンパ腫では本キメラは陰性であり,複数の機序が推定される.
臨床症状・内視鏡所見
 上腹部痛を訴えることが多いが,特有の症状はない.潰瘍形成を伴う場合は消化性潰瘍と同様の症状(上腹部痛,貧血など)がある.内視鏡所見により,①表層型,②潰瘍型,③隆起型,④決壊型,⑤巨大皺襞型,などに分類されるが,病変が多彩かつ広範囲であることも重要な特徴である.潰瘍形成を伴わない表層型では内視鏡的に胃炎との鑑別が困難な場合がある.びまん性大細胞型リンパ腫では決壊型が多い.いずれにせよ本疾患を念頭におき,必ず生検を施行し,病理医にその可能性を伝えることが最も重要である.
治療・長期予後
 胃MALTリンパ腫の70~80%はH. pylori除菌治療のみで退縮するので,胃に限局(ステージⅡ1)している場合は除菌治療が第一選択とされる.しかし,20~30%は除菌が無効であり,また一部に除菌治療後に増悪する場合も報告されているので除菌治療後も慎重な観察が必要である.除菌治療の長期予後に関する420例,平均追跡期間6.5年に及ぶ多施設大規模追跡試験成績(Nakamura,2012)はGELA分類による除菌治療の寛解率は77%,10年後の全生存期間は95%であり,ステージⅡ1までの第一選択治療法としてのH.pylori除菌治療は確立している.胃に限局したリンパ腫は外科治療も有効ではあるが,非外科的治療が十分に有効なので患者のQOLを考慮して治療法を選択する.進行期の胃MALTリンパ腫,DLBCLではリキシマブ(R)-CHOPが標準治療となりつつある.
1)H. pylori除菌治療:
除菌治療は保険診療で承認されている.除菌法はプロトンポンプ阻害薬(常用量の2倍量),アモキシシリンは1500 mg/日,クラリスロマイシンは400~800 mg/日の1週間投与である.失敗時はクラリスロマイシンをメトロニダゾール500 mg/日に置換した二次除菌を行う.除菌治療の副作用として抗生剤に起因する軟便,下痢,肝障害など,クラリスロマイシンによる口腔内苦み感,まれに出血性腸炎がある.ペニシリンアレルギーのある患者には使用できない.その他,プロトンポンプ阻害薬による副作用がまれにある(血液毒性,肝障害など).
2)放射線照射:
除菌治療が無効でも胃MALTリンパ腫は化学療法や放射線治療に感受性が高いので,非外科的治療が推奨される.特にⅠ/Ⅱ期の胃MALTリンパ腫を対象とした放射線治療単独(30 Gy)の最近の成績では100%の生存率(平均観察期間27カ月,最長68カ月)と非常に優れた成績が得られている.かつ,臓器温存できる利点があり,世界の趨勢は非外科的治療法に移行している.他方,放射線治療後の晩期毒性については現時点では十分に評価ができていない.
3)多剤併用化学療法:
行期胃MALTリンパ腫,DLBCLではR-CHOPが標準治療である.限局期胃DLBCLではR-CHOPを3コース後に40~46Gyの放射線照射も選択されるが,一般にはR-CHOPの6コースが推奨される.進行期ではR-CHOPの8コースが一般的である.65歳以上のDLBCL を対象とした8コースR-CHOP群とCHOP群の無作為化試験では,各々,CR率が52%と37%,2年後の生存率が70%と57%であり,R-CHOP群の優位性が明らかである.60歳以下のDLBCLを対象とした大規模無作為化試験でも3年間の無増悪生存率が6コースR-CHOP群は79%であり,R-CHOPの優位性が示されている.したがってDLBCL治療は臓器温存の点からもR-CHOPが第一選択であるが,さらなる放射線治療の併用はエビデンスの集積が必要である.消化管閉塞・穿孔・出血をきたしている場合には手術を先行する場合もある.[杉山敏郎]
■文献
Honma K, Tsuzuki S, et al: TNFAIP3 is the target gene of chromosomal band 6q23.3-q24.1 loss in ocular adnexal marginal zone B cell lymphoma. Genes Chromosomes Cancer, 46: 776, 2007
Nakamura S, Sugiyama T, et al: Long-term clinical outocome of gastric MALT lymphoma after eradication of Helicobacter pylori: a multicenter cohort follow-up study of 420 patients in Japan. Gut, 61: 507, 2012

出典 内科学 第10版内科学 第10版について 情報

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