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脱北者 ダッポクシャ

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デジタル大辞泉の解説

だっぽく‐しゃ【脱北者】

社会的・経済的困難などを理由に、北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)から国外に脱出した人。脱北民。だつほくしゃ。

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朝日新聞掲載「キーワード」の解説

脱北者

北朝鮮で1990年代に起きた経済難を契機に脱出する人々が急増した。韓国のほか、独英日米加など世界二十数カ国にも約3千人が住む。中国や東南アジアに潜む脱北者も相当数に上る。韓国に住む脱北者の場合、女性が全体の7割、20~30代が6割、無職・被扶養者が5割、中朝国境地帯出身者が8割を、それぞれ占める。

(2011-07-04 朝日新聞 朝刊 アジア)

出典|朝日新聞掲載「キーワード」
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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

脱北者
だっぽくしゃ

さまざまな理由で、北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)から脱出した者。脱北者の多くが中国経由で韓国を目ざすが、日本など第三国を目ざしたり、中国にとどまったりする者もいる。しかし、北朝鮮が中国、ロシアと「密入国者送還協定」を結んでおり、逮捕されて北朝鮮に強制送還されることもあるため、中国にいる脱北者は潜伏せざるを得ず、その数は韓国政府の発表では1万人から2万人に達するとされる。
 北朝鮮から韓国に入国する者は、1960年代から1990年代までは政治的理由による亡命者が中心であり、その数は年間一桁(けた)に過ぎなかった。韓国は、1962年に「国家有功者及び越南帰順者特別援護法」を制定し、脱北者援護の方針を示した。1990年代後半に入ると、北朝鮮経済がマイナス成長になったことによる生活苦や、1995年から1997年にかけて北朝鮮で発生した水害や水不足による深刻な食糧難から逃れるための脱北者が急増。大韓民国統一部の資料によると、韓国への入国者数も1993年には8人だったものが、1994年には52人に増加した。北朝鮮の食糧難は1998年に峠を越したが、今度はよい生活環境を求めて脱北する者が増え、韓国入国者数も1999年には148人、2002年には1138人、2009年には2927名と急増した。この背景には、発展した韓国や中国の情報が北朝鮮に流入したことがあげられる。しかし、2012年に韓国に入国した脱北者数は前年の約半分の1502人に減った。北朝鮮の国境警備が強化されたことと、経由国からの強制送還が強化されたためで、2013年5月には、9人の脱北者がラオスから中国を経由して北朝鮮に送還された。受け入れ側の韓国政府は、1993年に従来の法律を改めて、生活支援に重点をおくようにした。1997年からは「北韓離脱住民の保護及び定着支援に関する法律」が適用されている。
 韓国に入った脱北者は、脱北動機などを調査されたのち、離脱住民定着支援事務所の「ハナウォン」で2か月間、社会適応教育を受ける。韓国政府は、自立支援のために、各種の支援金を支給するなどして、脱北者の韓国社会への定着を目ざしている。[武井 一]

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