最新 心理学事典 「脳機能研究法」の解説
のうきのうけんきゅうほう
脳機能研究法
method to research brain functions
【損傷法ablation method】 脳機能を調べる最も古い方法である。主に動物において特定の脳部位を損傷したとき,行動がどのように変化するか調べることで,損傷部位の機能を推測する。この方法の前提には,脳のある機能はある部位が担っているという機能局在説がある。しかし,脳の各部位は相互に連絡し協調して働いていることから,単純な機能局在は現在では考えにくい。また,ある部位の損傷はそこを通過している神経線維も切断してしまうため,失われた機能を損傷部位が担っていると結論づけることも難しい。これらのことから,損傷法は他のいくつかの研究法と組み合わせて用いることが多い。具体的には次のような方法がある。⑴吸引法absorption 主に皮質の上層部を除去する方法である。皮質を露出し吸引装置に接続したピペットなどにより特定の部位を吸い取る。吸引部位を観察しながら損傷できるため,組織へのダメージや出血を最小に抑えることができる。⑵電気的破壊法electrical ablation 脳の深部を損傷する方法である。先端部以外絶縁された電極を損傷する部位まで刺入し,電流を流すことによって先端部分周辺の組織を破壊する。電極先端部からの直流電流によって生じるイオンの運動によって破壊する方法と,高周波電流が組織内を流れるときに発生する熱によって破壊する方法の二つがある。⑶神経毒による破壊法chemical ablation 通過神経線維を残し細胞体のみ破壊する方法である。カイニン酸やイボテン酸などの神経毒を用いる。神経毒による痙撃発作を避けるため抗痙撃薬の投与などが必要になる。また,特定の伝達物質をもつ神経細胞のみ破壊する方法もあり,たとえばドーパミン神経細胞を破壊するためには6ヒドロキシドーパミンを用いる。⑷切断法cutting 複数の部位をつなぐ神経線維を切断する方法である。超小型のナイフや細い金属線(タングステンなど)を用いることが多い。⑸冷却法cooling 可逆的損傷法の一つであり,ある部位の働きを一時的に停止させる方法である。細いガラス管などを目標部位に刺入し,約25℃以下の冷却水を一定時間流すことで,その部位の活動を一時的に止める。⑹化学的抑圧法chemical depression やはり可逆的損傷法の一つであり,特定の薬物を用いる。たとえば塩化カリウム溶液を皮質上に塗布し,その部位の活動を一定時間麻痺させる。
【刺激法stimulation method】 損傷法に次ぐ古典的な方法である。脳のある部位を刺激することで生じる行動変化を測定する。脳内で生じている自然な活動を生起させるわけではないので,刺激効果の解釈は容易ではなく,刺激効果の範囲を同定することも難しい。しかし,最近は単一の神経細胞に活動電位を起こさせる微小刺激法も確立されている。具体的には次のような方法がある。⑴電気的刺激法electrical stimulation 脳内に細い電極を刺入し電流を流すことで刺激する方法である。刺激電極の太さや形態は多様であり,近接した2本の刺激電極間に電流を流す双極刺激と,1本の刺激電極に直流電流を流す単極刺激に分けることができる。⑵化学的刺激法chemical stimulation 脳内に細い管を挿入し特定の薬物を流し込むことで刺激する方法である。刺激する神経細胞の種類や伝達物質の違いにより,多様な薬物が用いられる。薬理作用には副次的な効果もあるため,電気刺激と同様に結果の解釈が難しいことも多い。⑶磁気刺激法magnetic stimulation 脳の特定部位を非侵襲的に刺激する手法である。頭蓋骨からやや離れた位置から強力なパルス磁場を与えることで,脳内に大電流を瞬間的に生起させる。広範囲の電気刺激とほぼ同じ効果をもつ。
【記録法recording method】 脳の活動を直接測定する方法であり現在の主流である。主な対象は,脳の広範囲にわたる集合的な活動,やや広範囲の神経回路網の活動,神経細胞の活動,神経伝達物質の動態などで,具体的には次のような方法がある。⑴単一ニューロン活動記録single-neuronal recording 一つの神経細胞が発する活動電位を記録すること。細胞内に微小電極を刺して記録することもできるが(細胞内記録),刺入により短時間で細胞が死滅するため,行動実験では細胞の近くに電極先端部を近づけて測定する細胞外記録が使われる。⑵マルチニューロン活動記録multi-neuronal recording 複数の神経細胞が発する活動電位を同時記録すること。神経細胞は密接につながり合い神経回路網を形成しているため,その働きを知るためにはできるだけ多くの神経細胞から同時記録する必要がある。そのための特殊電極やデータ解析法が多数考案されている。⑶フィールド電位記録field potential recording 多数の神経細胞間で働くシナプス電位の集合を記録すること。多数の神経細胞の活動が上がり,さらに同期することでフィールド電位の振幅は増加する。先端が細い電極から記録されるものを局所フィールド電位local field poentialという。⑷マイクロダイアリシス法microdialysis 神経細胞間のシナプスで働く神経伝達物質を脳内から直接検出する方法である。先端に半透膜を付けた微小透析用プローブを脳内に刺入して計測する。脳の深部にも使えることと,ほとんどの神経伝達物質を検出できるという特徴がある。⑸ボルタンメトリー法voltammetry やはり神経伝達物質を脳内から直接検出する方法の一つである。ある部位に外部から電気刺激を加えることで生じる電流の変化を解析することにより,そこで働いている伝達物質電解質を測定する。⑹光イメージング法optical imaging ある脳部位の活動を周辺血管中のヘモグロビンの状態変化から測定する方法である。外部から近赤外光を投射し,脳内での吸光特性の変化を検出する。脳にダメージを与えない非侵襲計測の一つであるが,神経細胞の活動だけを反映しているわけではなく,筋組織や血管自体の状態も影響するという問題がある。 →認知神経科学 →脳可塑性 →非侵襲的脳機能研究法
〔櫻井 芳雄〕
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