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自動車事故被害者問題 じどうしゃじこひがいしゃもんだい

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

自動車事故被害者問題
じどうしゃじこひがいしゃもんだい

自動車事故の被害者にかかわる救急医療、損害補償などの問題。自動車時代の現代、自動車事故の大量発生は不可避である。1997年(平成9)の交通事故発生件数(人身事故)は、アメリカで245万5118件、日本78万0399件であり、これによる死者数(事故発生後30日以内の死亡)は、アメリカ4万1967人、日本1万1254人に上る(総務庁統計)。
 自動車は人類に大きな便益をもたらしたが、一方で大きな災厄をもたらした「殺人機械」でもある。車の便利さはそのまま危険につながる。自在性、機動性、高速性が、四六時中至る所で事故を発生させることになった。その破壊性は、人間の注意力や、安全工学、安全取締り、安全教育をもってしても完全に抑止できないことを、歴史は実証している。自動車はきわめて危険であるが、その便利性と経済性のゆえに使用を社会が選択した「許された危険」である。とすれば、便益を享受した社会が、全体で、不可避的な自動車事故の被害者を救済する体制をつくりあげるべきであろう。自動車事故被害者問題は、大別すると救急医療と損害補償の二つになる。[玉井義臣]

救急医療

救急医療の問題は次の二つに分けられる。
(1)いつ、どこで事故にあっても、現場でのファーストエイドfirst-aid(第一救護)や救急車での搬送など、生命にかかわる重症者が確実に医療能力の高い総合病院で治療を受けられる救急医療体制の整備
(2)いわゆる植物状態を典型とする重度後遺症者への対策[玉井義臣]
救急医療体制
人身事故の場合、即死のほかに、傷害は(1)軽傷、(2)中等傷、(3)重傷と、(4)生命にかかわる重症がある。問題は重症で、重症者には、いかなる治療を加えても死を免れない者と、迅速・的確な診断と治療によって一命を取り留める者があり、助かるべき者を助ける救急医療体制が必要である。ところで、自動車事故死者の致命傷部位をみると、頭部損傷または他損傷との合併がもっとも多く7割近くあり、ついで胸部損傷、腹部損傷、合併症となるが、これらの重症者のある者は迅速・的確な診療で助かるのに、救急医療体制の不備で生命を落としている。最近の資料はないが、1960年代前半の東京大学医学部調査では、「死者の7割が頭部損傷で死に、うち3割は適切な診療があれば死なずにすんだ」という。この傾向は改善されたが、根本的問題は解決していないといえよう。
 助かるべき者を死なせないためには、
(1)まず現場に居合わせた人のファーストエイドと救急隊員の応急手当、とくに救命処置で状態の悪化を食い止めること
(2)救急車で病院へ迅速に搬送すること
(3)その病院は24時間を通じて十分な医療スタッフと医療施設をもつ公共総合病院で、迅速・的確な診療ができること
が理想である。
 事故直後、重症者はしばしば出血がひどくまた意識を失うので、救急車がくるまでに気道確保と止血を主体とした応急手当が必要となる。欧米先進国では学校教育、社会教育、運転者教育などでファーストエイドの教育を徹底的に行っている。次に、救急車の搭乗員は、アメリカでは医学的に訓練された救急隊員で、緊急時には救命医療をするし、ドイツ、フランスでは専任の救急隊員が応急処置をし、重症事故にはかならず医師が現場に出動する。日本では1991年に救急救命士法が制定・施行され、医師の指示の下、高度な救急処置を行う「救急救命士」が誕生、救急車に同乗し、早期治療対応がとられることとなった。また、93年道路交通法の一部改正により、普通、大型二輪、普通二輪運転免許取得条件として、被害者の応急救護処置に関する講習の受講が義務づけられ、救急医療体制の充実を図っている。なにより決定的にだいじな問題は最初の病院の医療能力である。緊急救命医療の必要なのは脳や内臓の損傷である。したがって、欧米諸国では、すべての自動車事故の傷者は救急車で公共総合病院の救急部に運ばれ、まず傷者が分類され、重症者にはただちに生命維持のための集中治療が行われ、続いて専門治療に移行する。軽傷、中等傷の患者は本人が希望する医療機関でその後の医療を受ける。
 日本では、救急車はまず直近の私的医療機関(開業医)に運ばれ、医師により重症と診断された者が二次、三次と逐次、重症者のための医療能力をもった施設に転送されるのがたてまえになっている。しかし、一次救急医療は約85%が民間の個人診療所と個人病院で行われており、二次救急で能力の高い大学病院や国公立病院へ転送されるケースはけっして多くない。さらに、交通事故の医療費は社会医療保険より自賠責保険(自動車損害賠償責任保険の略。全車に強制されており、負傷者には1人120万円を限度に支払われる)が優先し、しかも医療費は、自賠責保険は自由診療がたてまえなので、社会医療保険の2~3倍が請求され、認められている。これが救急医療体制改善のネックといわれている。[玉井義臣]
重度後遺症者
交通事故重度後遺症者の問題は死者よりたいへんだとよくいわれる。救急医療体制の充実、医療検査機器や技術の発達・向上とともに、シートベルト、エアバッグ等の装備や自動車の安全性の向上等によって死者数が減少する一方、重度後遺障害者は増加している。労働能力喪失率100%の後遺障害等級第1から第3級に係る自賠責保険の支払件数は1989年度に973件、10年後の99年度には1944件と2倍になっている。家族の肉体的・精神的負担は重く、経済的負担もきわめて大きい。もはや個人で負いきれる問題ではなく、社会政策の一環として、その対策を進める必要がある。[玉井義臣]

損害補償

損害補償の問題には次のようなものがある。
(1)補償の貧困を象徴的に物語る交通遺児問題
(2)損害保険に左右される損害補償額
(3)爛熟(らんじゅく)期に入ったマイカー時代に深刻さを増す自損事故補償[玉井義臣]
交通遺児問題
自動車事故で片親または両親を亡くした子供を交通遺児という。例外的には、踏切事故や自動車以外の車が道路上で起こした事故の遺児も含める。自賠責保険の後遺障害等級第1~第3級の重度後遺症者の子供も準交通遺児とよんで、これに含める。
 交通遺児救済運動は、1967年(昭和42)親代わりの姉を交通事故で亡くした岡嶋信治(おかじましんじ)青年によって始まり、同じく母を亡くした交通評論家玉井義臣(よしおみ)が加わり、運動は進展する。このボランティア・グループ「交通事故遺児を励ます会」の調査で、母親は異口同音に「高校進学が願い」と訴えた。さまざまなキャンペーンを経て、69年に財団法人交通遺児育英会が発足。同会では、99年度末までに約4万6500人の交通遺児を高等学校、大学、大学院、専門学校などへ進学させている。奨学金貸与累計は約352億円。その資金は政府、財界、公営競技団体、各種団体など国民各層の寄金からなるが、主たる資金は全国の学生による街頭募金と教育里親「あしながおじさん」など多くの国民の善意の結晶である。
 交通遺児育英会の「交通遺児家庭の生活実態調査」(1985)によると(2001年現在、その後の統計はない)、全国の交通遺児(20歳未満)は推定10万人。その90%は父親を、9%は母親を、1%は両親を亡くしている。交通遺児家庭が抱える問題は、(1)貧困、(2)母親の健康破壊、(3)遺児の進学困難、(4)精神的苦悩などである。貧困の原因は、低補償のほかに低賃金である。たとえば、一家の働き手が父親のみで、父親を失った場合、母親が仕事につくケースが多い。この場合、母親たちの職場は不安定かつ低賃金のことが多く、調査によると勤労月収は平均9万8000円にすぎず、一般労働者の41.6%と半分以下である。父親の死で生活水準は大幅に下がる。貧困と闘い、父親との二役に疲れ果て、母親の5人に2人は病気または病気がちと訴える。貧困と母親の病気をみて、遺児たちは進学について迷い悩む。遺児高校生の3人に1人、大学生の2人に1人が、交通遺児育英会の奨学金がなければ進学できなかった、といっている。
 欧米とは比較にならない急進展を遂げた日本のモータリゼーションを振り返ると、交通遺児は車社会の「捨て石」であり、日本の高度成長の「人柱」であった。この歴史的事実と国民が享受した便益を考えると、交通遺児救済は、政府、財界、ドライバー、国民一般の四者が分担すべきもので、とくに進学問題は時期があるので緊急な解決が望まれる。[玉井義臣]
損害保険と損害補償額
交通事故損害補償の実態をはっきりつかんだ資料はなく、いくつかの資料から推測するほかはない。損害賠償額の算定方法については「損害賠償」の項を参照されたい。1999年時点での「命の値段」は、一家の働き手である男子で8000万円から9000万円、主婦6000万円、高校生・大学生の男女は6000万円、幼児は女子4000万円、男子5000万円から7000万円といわれている。人間的活動ができなくなった重度後遺症者は、生活費、医療費、付添い費などが要るので1億円を超え、判例では最高額は約2億9700万円である(1995年3月30日東京地裁判決。被害者は40歳の会社役員)。死亡時の収入が多ければ「相場」より高額になるのは当然である。ただ、いま述べた額は被害者無過失の場合で、実際には自動車事故では双方に過失がある場合が多く、過失割合をたとえば加害者6対被害者4というように分け合い、先の額から40%を減じた額が被害者の損害賠償額となる。これを過失相殺という。したがって、一家の働き手である男子が死亡しても、損害賠償額はまちまちである。
 次に、この損害賠償額も加害者の支払能力によってはかならず支払われるとは限らない。賠償金は、まず全車強制の自賠責保険(共済)から死亡最高限度の保険金が支払われ、次に残額に対し任意保険(共済)か個人資産で支払われることになる。通常、任意保険に入っていない人は資産をもたない場合が多いので、任意保険の加入の有無が実賠償額を決めることになる。ちなみに、石井勇・玉井調査では、1965、66年度の主要13地方裁判所の交通事件判決の実に37.2%が支払不履行であった(2001年現在、その後の統計はない)。
 以上の基礎知識をもったうえで、次の二つの資料をみると、損害賠償の実態を推測できる。まず、表1の自賠責保険(共済)の保険金支払件数および支払額の推移、任意自動車保険普及率の推移である(総務庁統計)。自賠責保険(共済)の総支払件数および総支払額は年々増加し、損害賠償金額の高額化が進んでいると考えられる。任意自動車保険の普及率をみると、増加しているものの、全車で70%に満たない低い普及率となっている。
 もう一つの資料表2は交通事故訴訟事件(人身事故)の高額判決例である(自動車保険ジャーナル社調べ)。これは、交通事故で1人の被害者に裁判所がいくらの損害額を認めたかを調べたものである。ここでいう損害額は、被害者に過失があった場合の過失相殺による減額、自賠責保険(共済)等の既払額を差し引く前の損害額に弁護士費用を加算した額である。これをみると、2億9737万円もの賠償金額が認定された東京地裁判決をはじめ、被害者は重い後遺障害を残している場合が多い。つねに介護を要する重度後遺障害者は、治療費のみならず被害者が将来得るであろう給与等の逸失利益、介護費、おむつ代などの雑費、自宅療養のための住宅改造費等が必要となり賠償金額も高額となる。
 稼働可能期間が長い若年者や高額所得者の逸失利益は当然高額となるし、近親者が高齢であったり共働きである場合に、職業介護人に介護を依頼する場合があるが、職業介護人費用は近親者介護費用の2倍から3倍の1日約1万円から1万5000円必要となり、高額な介護料となる。
 いつ当事者になってもおかしくない現代において、交通事故被害者に対し十分な保障ができるよう、限度額無制限の任意保険に加入しておくべきであろう。また、かつて提唱された任意自動車保険の「強制付保化」が実現しないと、満足のいく賠償金が得られないといえそうである。強制付保化とは、任意保険を強制化するには論理的に矛盾があるが、ある額(たとえば7000万円)を強制的に保険に入らせるという説である。[玉井義臣]
自損事故補償
自動車が崖(がけ)から落ちたり、電柱にぶつかったりして、過失100%とみなされる事故を自損事故という。国民皆免許時代に入り、自損事故は激増しており、自動車事故の3分の1にも達すると推定される。85%は運転者の責任ではないというアメリカの調査もあり、罪はともかくとしても遺族の生活保障は別問題である。いま任意保険(共済)加入者には、1500万円が支払われるが、自損事故の多いバイク(オートバイ)を含めると無保険車はまだ多く、全車に支払い強制を適用すべきである。[玉井義臣]
『玉井義臣著『ゆっくり歩こう日本』(1973・サイマル出版会) ▽玉井義臣編『天国にいるおとうさま』(1976・サイマル出版会) ▽川島武宜・平野龍一編著『自動車事故をめぐる紛争処理と法』(1978・岩波書店) ▽加藤一郎・木宮高彦編『自動車事故の法律相談』新版(1983・有斐閣) ▽加藤一郎・木宮高彦編『自動車事故の損害賠償と保険』(1991・有斐閣) ▽国岡福一著『自動車事故と保険賠償』(1999・山海堂)』

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

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