自動車事故の被害者救済のため、1955年(昭和30)に制定された法律(昭和30年法律第97号)。略称、自賠法。第二次世界大戦後の急速な自動車交通の発展に伴い、事故の発生件数が急増したことから、人身事故の被害者に対する損害賠償を保障する制度を確立するために制定された。これに加え、人々の生活で不可欠の輸送手段である自動車運送の健全な発達に資することをもその目的とする。
自賠法は、おもに三つの内容から構成される。〔1〕人身事故が起きた場合の加害者の損害賠償責任について定める部分、〔2〕前記〔1〕の加害者の損害賠償責任が確実に履行されるようにするための保険・共済について定める部分、〔3〕これらを補完するものとして、〔1〕〔2〕の制度では救いきれない被害者の救済、被害者支援の充実や自動車事故の発生防止について、政府が行う事業を定める部分、である。全体を通じて、随所に被害者救済のためのくふうがある。
[波多江久美子 2024年8月16日]
自賠法は、人身事故の損害賠償責任を適正なものにすべく、自動車を自己のために運行の用に供する者、すなわち運行供用者を責任主体とし、運行供用者が自動車の運行によって他人の生命または身体を害した場合は被害者に対して損害賠償責任を負うことを定めた。この責任は運行供用者責任とよばれ、被害者救済立法である自賠法に基づく責任として特色を有する。その主要な例は、加害者の故意・過失についての証明責任の所在である。自賠法の制定前は、自動車事故の損害賠償は民法の不法行為に基づいて行われるのが一般であったが、その場合は被害者が加害者の故意・過失を証明しなければならない。自賠法は、故意・過失の証明責任を加害者側に転換し、被害者が加害者の故意・過失を証明しなくても賠償を受けられるようにしたのである。加害者側が責任を免れるためには、(1)加害者側の無過失(自己および運転者が自動車の運行に関し注意を怠らなかったこと)のほか、(2)被害者または運転者以外の第三者の故意または過失、(3)自動車に構造上の欠陥または機能の障害がなかったことも証明しなければならず、その証明は容易ではない。このように自賠法は、民法と比較して加害者側により重い責任を負わせ、被害者の加害者に対する責任追及を容易にした。ただし、自賠法による救済の対象となるのは、生命または身体についての損害、すなわち人身損害であり、物的損害はその対象となっていない。被害者が物的損害について加害者に対して賠償を求めるためには、民法の規定によるのが一般である。
[波多江久美子 2024年8月16日]
加害者に賠償責任が認められたとしても、損害賠償金を支払うだけの財力がなければ、被害者は現実には賠償を受けられない。そこで自賠法は、加害者の被害者に対する賠償を確実なものとするため、自動車のユーザーに対し、自動車事故で損害賠償責任を負う場合に備えて、自動車損害賠償責任保険(自賠責保険)または自動車損害賠償責任共済(自賠責共済)への加入を義務づけた。自賠責保険・共済に加入せずに自動車を運行すると、刑事罰や行政処分が科せられる。こうして、自賠責保険・共済に加入しない自動車が運行されないようにし、いざ他人を死傷させる自動車事故が起きて加害者が運行供用者責任を負った場合には、自賠責保険・共済から保険金・共済金が支払われて被害者が損害の填補(てんぽ)を受けられるように制度設計がされている。自賠責保険と自賠責共済は、契約の引受けの主体が保険会社か協同組合かという違いはあるものの、その制度内容としては同一である。自賠責保険・共済による支払額は、人身損害における基本保障を確保するものとして、最高限度額が法定されている(制度内容については、別項「自動車損害賠償責任保険」を参照)。
[波多江久美子 2024年8月16日]
以上のように自賠法は、〔1〕人身事故の被害者が加害者の損害賠償責任を追及しやすくし(運行供用者責任)、〔2〕加害者がその責任を確実に履行できるようにするため保険・共済の制度を設けたが(自賠責保険・共済)、それだけでは被害者の救済として十分でない。そこで、〔1〕〔2〕を補完する措置として、自賠法は政府が以下の二つの自動車事故対策事業を行うこととした。
[波多江久美子 2024年8月16日]
いかに自賠責保険・共済への加入を強制したとしても、現実には無保険の自動車によって事故が起きることがあり、ひき逃げ事故のように、加害者不明の事故が起きることもある。そこで自賠法は、このような事故の被害者に対し、政府が損害を填補することとした。政府保障事業の填補額にも、自賠責保険・共済と同様の限度額がある。政府の行う保障事業に対する請求は、民間の保険会社・協同組合が窓口となっている。政府が被害者に対して損害の填補をしたときは、政府が被害者にかわって本来の損害賠償責任者に求償する。
[波多江久美子 2024年8月16日]
自賠法は、政府の被害者保護増進等事業として二つの業務を定めている。一つは、被害者の療養を行う施設の設置・運営や介護料の支給などの、被害者支援事業である。もう一つは、自動車運送にかかわる者への安全指導、先進的自動車の導入支援や自動車安全性能の評価などの、事故の発生防止事業である。これらの事業は、独立行政法人自動車事故対策機構法に基づいて設立された独立行政法人自動車事故対策機構(NASVA(ナスバ))が実施している。
[波多江久美子 2024年8月16日]
自動車事故による人身被害者の保護を目的とする法律。1955年公布。自賠法と略す。本法は運行供用者という新しい責任主体に危険責任原理に依拠する実質的な無過失責任を課すことによって,民法の過失責任主義に対する重大な修正を加えることとなった。すなわち,自己のために自動車を運行の用に供する者(運行供用者)は,その運行によって他人の生命または身体を害したときは,自己および運転者が自動車運行について注意を怠らなかったこと,被害者または(運転者以外の)第三者に故意または過失があったこと,自動車に構造上の欠陥または機能の障害がなかったことの三つを立証しないかぎり,賠償責任を負うものとされている(3条)。本法の特色はなによりも,この責任を基礎として強制責任保険(自動車損害賠償責任保険。通称,自賠責)を導入し構造的に被害者補償システムの個別的モデルをつくりあげたことにある。この趣旨を徹底させるために本法では,ひき逃げや無保険車の事故被害者に対する政府保障事業による救済や保険者に対する被害者の直接請求権(これは沿革的には加害者の損害賠償責任の担保が企図されている賠償責任保険(以下,責任保険と略す)にとって本来異質なものである)を認めるといった措置が,とくに講じられている。
自賠法システムの比較法的特色は,運行供用者責任の責任範囲を制限しないかわりに強制責任保険による塡補額に最高限度を設定したことにある。そのために,被害者補償システムを全体として合目的的に作動させるためには,任意保険の多様な機能領域との合理的調整が当然に考慮されざるをえない。その際一つの可能な選択として強制保険に一元化しうるかどうかの判断にとって決定的なのは,自賠責における最高限度額の決め方であり,それは,たとえば自賠責をたんに損害賠償の履行確保措置とみるかあるいは社会保障的に理解するのかという問題にも依存する。もちろん,任意保険による上積みの必要がなくなる場合においても自賠責が責任保険であることから内在的に生じる保護の欠缺(けんけつ)は残るが,他方で,運行供用者責任自体が責任保険の存在によって認められやすくなっているという事実も想起されるべきである。
執筆者:藤岡 康宏
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…交通違反【山口 厚】
【自動車事故をめぐる民事法上の問題】
交通機関の運行によって生じる事故のうち,事故件数の多さなどから事故損害の合理的規制が最も強く要請されているのが自動車事故である。そのため日本でも,とくに自動車による人身事故被害者の損害賠償請求権を確保するため自動車損害賠償保障法(自賠法と略称)が制定され(1955),今日では,自動車事故による損害賠償の多くが同法によって処理されている(もっとも,近時,賠償価額が増大し自賠法による保障では賄われえず,任意に保険をかけることが必然的である)。たとえば,ある会社の従業員が社用のため会社所有の車を運転中に事故をおこした場合,一般法である民法によれば,被害者は運転者または使用者に対し損害賠償を請求するためには,運転者の過失を証明しなければならない(民法709,715条)。…
…自動車の運行による人身事故の被害者を救済するために自動車保有者または運転者の損害賠償義務の履行を確保することを目的とし,自動車損害賠償保障法(1955公布)により自動車保有者が契約の締結を強制されている保険で,任意自動車保険(〈自動車保険〉の項参照)と区別される。略して自賠責保険ということが多い。…
※「自動車損害賠償保障法」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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