内科学 第10版 「自己免疫性肝炎」の解説
自己免疫性肝炎(慢性肝炎)
自己免疫性肝炎は中年女性に好発する肝障害で,原因は不明である.その発症進展には自己免疫機序がかかわることが推定され,治療には副腎皮質ステロイドが著効を示す.臨床的には血清免疫グロブリン,特にIgGの高値,抗核抗体などの血清自己抗体陽性所見が特徴的であるが,いずれも疾患特異性は低く,診断は既知の肝障害の除外をすることによってなされる.
分類
陽性自己抗体により抗核抗体,抗平滑筋抗体の一方あるいは両者が陽性の1型と肝腎ミクロソーム抗体(LKM-1抗体)陽性の2型に分類される.わが国の症例は95%以上が1型である.発症様式により急性型,慢性型に分けられる.急性型の多くは既存の慢性肝炎の急性増悪であるが,組織学的に慢性肝炎所見を伴わないいわゆる急性肝炎様発症も認められ,これら症例はAIHとしての臨床検査所見の特徴が少なく,診断が困難であることに注意が必要である.
原因・病因
原因は不明である.わが国ではHLA-DR4,DRB1*0401が疾患感受性遺伝子とされ,AIHと診断される症例の60%以上が陽性を示す.HLA以外の遺伝子との関連では,細胞傷害性Tリンパ球関連抗原-4(CTLA-4:CD152)など多数の遺伝子多型などとの関与が指摘されている.現在わが国の症例における網羅的遺伝子解析が進行中であり,この結果により発症に関与する遺伝学的背景がより明確となることが期待されている.
疫学
わが国での年間推定患者数は従来の報告で,1400症例,総数約2万とされ,慢性肝炎全体の約1.8%,肝硬変の1.4%を占めるとされている.最新の全国集計では診断症例数は増加傾向を示し,診断症例は約2倍程度になっているものと推定される.発症年齢は60歳を中心とする一峰性を示し,最近高齢化が顕著である.男女比は約1:7で,圧倒的に女性に多い.
病理
典型症例では,①門脈域の拡大と同部のリンパ球,形質細胞浸潤を伴うインターフェース肝炎(interface hepatitis),②肝細胞ロゼット形成,③エンペリポレシス細胞内細胞貫入現象が特徴である.また,小葉内の種々の程度の肝細胞壊死像,重篤な場合は広範壊死像も認められる.わが国ではエンペリポレシス細胞内細胞貫入現象所見は一般化していないが,リンパ球が肝細胞内に侵入する,いわゆる自己免疫応答を示唆する所見であり,その再評価が必要である.門脈域内の炎症細胞が高度の場合,胆管障害も観察されるが,胆管消失所見はまれである. いわゆる,急性肝炎様発症症例では上記組織所見をまったく欠くことがあり,診断は困難である.これら症例の特徴としては中心静脈域の肝細胞壊死と同部への形質細胞を伴う単核球浸潤所見が指摘されている.
病態生理
AIH発症にかかわる対応抗原はいまだ不明であり,したがってその病態の詳細はいまだ不明である.わが国ではまれなLKM-1抗体陽性の2型AIHでは,CYP2D6が標的抗原であることが判明し,自己反応性T細胞が認識するエピトープも同定されている.しかし,発症・進展には,自己反応性T細胞の免疫寛容の破綻とその活性化のみでは不十分で,活性化されたエフェクター細胞が肝実質内に遊走して肝細胞と接触しうるような肝内免疫環境の形成が必要と考えられている.
臨床症状
AIHの臨床像は無症候性から急性肝不全を呈するものまでと多岐にわたる.わが国の症例は欧米に比し病態は比較的穏やかであり,無症状(35%)で偶然の機会に肝障害を指摘,診断に至る場合も少なくない.
1)自覚症状:
頻度の高い順に全身倦怠が50%,黄疸,食欲不振が30%であるが,いずれもAIHに特徴的とはいえない症状である.
2)他覚症状:
通常のウイルス性慢性肝炎ではまれな顕性黄疸,血沈亢進,CRP陽性などを示す症例が少なからず認められる.
検査成績
血清AST,ALTの上昇,ガンマグロブリン,IgGの上昇,血清自己抗体が陽性を示すが,いずれもAIHの特異性は高くない.アルカリホスファターゼ,γ-GTPなどの胆道系酵素上昇はAST,ALTに比し軽微である.
抗核抗体をはじめとする血清自己抗体の陽性所見は診断上重要な所見である.わが国の症例では抗核抗体,抗平滑筋抗体のいずれかあるいは両者が陽性を示す症例が95%とされているが,近年陰性症例や陽性力価が低値の症例の増加が報告されており,診断上留意が必要である.抗核抗体の測定は蛍光抗体間接法で行われることが原則である.抗核抗体ELISA法は対応抗原にAIHでの抗原を含まないことが多く,診断には適さない.頻度は少ないが,抗核抗体陰性の場合にはLKM-1抗体測定が必要である.
診断
原因不明の肝障害を特に中年女性に認めた場合には本症を疑い,既知の原因を除去しわが国の診断指針に従い診断を進める(表9-4-4).国際診断スコア(表9-4-5)は診断の助けになり,簡易型診断スコア(表9-4-6)は副腎皮質ステロイドによる治療介入決定に有用である.いずれのスコアにおいても,組織学的所見は重要であり,AIHの診断においては肝生検を原則行う.なお,組織学的に慢性肝炎像を伴わない,いわゆる急性肝炎様発症例はAIHに特徴的な臨床検査所見を呈さない場合が多く,また,肝障害の重篤化により肝生検が困難となる場合も多くその診断は困難である.中年女性に原因不明の肝障害を認めた場合は常に本症の存在を念頭におき診断を進めることが重要である. なお,わが国ではC型肝炎ウイルス感染を伴うAIHが存在する.この場合,C型肝炎ウイルスに対するインターフェロン治療はAIHを増悪させる危険があり禁忌となっている.しかし,C型肝炎ウイルス感染によりAIH病態が発現している場合にはウイルスの駆逐によりAIH病態が寛解することも報告されている.
鑑別診断
急性,慢性肝障害を惹起するすべての要因が鑑別診断上必要であるが,特に薬物性肝障害(drug induced liver injury:DILI)の鑑別が重要である.
PBCとAIHの特徴的な所見を併せ持ついわゆるオーバーラップ症例の鑑別も臨床的に重要である.
合併症
関節リウマチ,甲状腺機能低下症,Sjögren症候群などのほかの自己免疫疾患の合併が少なからず認められる.これら合併症の症候によりAIHが診断される場合もある.
経過・予後
治療が奏効すれば予後は良好で,同年齢の一般人と同等の生命予後を示す.進行し,肝硬変に至った場合や,肝不全に陥った場合は肝移植が現時点では唯一の治療法である.肝移植後の予後は良好である.
治療・予防
副腎皮質ステロイドが著効を示すことから,治療の基本はプレドニゾロンの投与である.わが国の症例の多くは初期投与量40~60 mg/日で開始することにより良好な経過が得られる.合併症によりプレドニゾロン投与が困難な場合にはアザチオプリン50~100 mg/日単独あるいはプレドニゾロン投与量を減量して加える.重篤な場合や,成長に影響が危惧される小児症例にはステロイドパルス療法を行う.治療継続は長期間必要であり,血清トランスアミナーゼの正常化をみながら緩徐に減量し,1日量が10 mg以下になったらこれを維持量とし,継続する.
血液検査所見の改善に比し,組織所見の改善は遅れ,肝機能検査の正常化が長期に続いても組織学的所見は持続している場合が多いので,治療中止は組織所見の確認が重要である.治療により組織像が正常化した場合の再発率は20%以下と予後良好であるが,インターフェース肝炎が持続している場合の再発率は86%と高率であり,また肝硬変となっている症例では,治療を中断すればほとんどの場合再燃が起こる.なお,プレドニン減量に対しウルソデオキシコール酸(UDCA)600 mg/日を加えることによりプレドニゾロン量を減少させることが可能である.
少数例ながら,プレドニゾロン治療に抵抗性を示す場合があり,この場合シクロスポリンなどの免疫抑制薬を使用するが,その効果については,明らかな証左は確立されていない.なお,治療反応性が不良である場合,当初のAIH診断の再確認,服薬コンプライアンスの確認が必要である. 症例の多くが女性であることから,美容的問題による服薬コンプライアンスの低下に十分留意する.不適切な治療中断による再燃は治療抵抗性となる場合があり,その後の進行が速く,早期に肝硬変へと移行することを十分説明し治療を開始することが大切である.また,長期副腎皮質ステロイド服用に対する副作用対策,特に中年以降女性に対する骨粗鬆症への対応は大切である.[銭谷幹男]
■文献
Alvarez F, Berg PA, et al: International Autoimmune Hepatitis Group Report: review of criteria for diagnosis of autoimmune hepatitis. J Hepatol, 31: 929-938, 1999.
Hennes EM, Zeniya M, et al: Simplified criteria for the diagnosis of autoimmune hepatitis. Hepatology, 48: 169-176, 2007.
厚生労働省「難治性の肝・胆道疾患に関する調査研究」班編集:自己免疫性肝炎診断(AIH)の診療ガイド,文光堂,東京,2011.
出典 内科学 第10版内科学 第10版について 情報