芥川村
あくたがわむら
[現在地名]高槻市芥川町二―四丁目・芥川・川西町一―三丁目・南芥川町・殿町・紫町・桜町・明田町・桃園町・中川町・真上町二丁目・清福寺町・朝日町・西真上一丁目・安岡寺町一―二丁目・同四丁目・日吉台〈一番町・二番町・三番町・四番町〉・松が丘一―四丁目
上田辺村の西にあり、村内中央を北西から南東方に芥川が流れる。集落は芥川に交差する西国街道(山崎通)沿いに開ける宿場町と、その北方の殿垣内、芥川右岸の清福寺町、西国街道を芥川西岸に渡った川西にあり、真上村の北に飛地がある。条里制の遺称とされる小字に六ノ坪がある。当地を「伊勢物語」第六段の、男が女を盗み出したが、芥川を渡った所で女を鬼にくわれたという話の舞台とする説もある(→芥川)。中世初期にこの地域から鎌倉幕府御家人芥河氏が現れることから、この頃には芥川の地名の存在を推測できよう。弘安年間(一二七八―八八)には西国街道芥川東詰を中心に芥川宿が形成されていたといわれ、同六年一〇月一四日、西大寺叡尊は「芥河」で二九〇人の衆生に菩薩戒を授けている(感身学正記)。こののち鎌倉幕府御家人芥河氏一族がこの宿を拠点に成長し、宿の北辺に居城芥川城を構えた。
芥川村
あくたがわむら
[現在地名]土佐町芥川
瀬戸川の最上流域、瀬戸村南の山間に位置する。南に陣ヶ森がそびえる。「土佐州郡志」に「東西一里余南北四十町許、戸凡三、其土黒」とあり、小村に安吉村を記す。芥川三軒屋と称せられ、古来人口の少ない地であった。森郷の一。天正一五年(一五八七)の森村地検帳には「芥川名」として二筆が記され、検地面積一反。屋敷二、いずれも居屋敷で一筆に「森久内居」と記される。森姓を名乗っているが、山地の林産資源に注目して森氏が一族を派遣したのであろうか。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
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