花上野誉石碑(読み)ハナノウエノホマレノイシブミ

大辞林 第三版の解説

はなのうえのほまれのいしぶみ【花上野誉石碑】

人形浄瑠璃。時代物。司馬芝叟・筒井半平らの合作。1788年初演。田宮坊太郎の仇討ちに、金毘羅権現の利生をとり合わせたもの。 → 志度寺しどうじ

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

花上野誉石碑
はなのうえのほまれのいしぶみ

浄瑠璃義太夫節(じょうるりぎだゆうぶし)。時代物。十段。司馬芝叟(しそう)・筒井半二ら合作。1788年(天明8)8月、江戸・肥前座初演。1641年(寛永18)にあった丸亀の田宮坊太郎(小太郎)の敵討(かたきうち)を金毘羅権現(こんぴらごんげん)の霊験に絡ませて脚色した作で、四段目「志度寺(しどうじ)」の段が有名。足軽田宮源八は剣術師範森口源太左衛門に討たれ、一子坊太郎は志度寺に預けられ、敵を油断させるため口のきけない病を装っているが、忠実な乳母お辻(つじ)は金毘羅宮に祈りを込めて落命。坊太郎は霊夢により江戸へ出て剣術を学び、ついに本懐を遂げる。お辻が坊太郎の偽病を真実と思い、水垢離(みずごり)をして平癒を祈願するところが眼目で、歌舞伎(かぶき)でも円熟の女方(おんながた)の出し物になっている。[松井俊諭]

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