芸術心理学(読み)げいじゅつしんりがく(英語表記)psychology of art

最新 心理学事典「芸術心理学」の解説

げいじゅつしんりがく
芸術心理学
psychology of art

芸術活動(創作鑑賞)を行なう際の人間の認知や情動の過程を分析する研究領域。芸術には,詩・小説・戯曲などの言語芸術,絵画・彫刻・建築などの造形芸術,舞踊演劇などの表情芸術,音楽・効果音などの音響芸術などがある。

 芸術心理学の源流の一つは,傑出した芸術家の生涯をその精神病理と創造性の関係の観点から調べる病跡学pathographyである。病跡学という概念は,ドイツの精神医学者メビウスMöbius,P.J.が提唱したものである。病跡学の対象となる芸術活動は,文芸・音楽・絵画など多様であるが,精神を病み自殺したオランダの画家ゴッホGogh,V.vanに典型的に見られるように,絵画は病跡が作品に直接反映されやすい。

 ビゴツキーVygotsky,L.S.は,ソビエト連邦の草創期に活躍し,38歳で夭折した発達心理学者として著であるが,博士号は1925年に芸術心理学の研究で取得しており,同年に著書『芸術心理学』にまとめている。ビゴツキーの芸術論は,文芸分野の仕事がよく知られているが,『芸術心理学』では詩,演劇,絵画,彫刻,建築などさまざまな分野から豊富な例が挙げられている。ビゴツキーは,古代ギリシアの哲学者アリストテレスAristotelesが『詩学』の中で用いた「憐みや恐れのような感情を排出させ,心を浄化させる作用」としてのカタルシスcatharsisの概念を批判的に検討した。すなわち,芸術におけるカタルシスは,アリストテレスのいうマイナスの情動の排出ではなく,情動を適切に放出する働きである。

 バーラインBerlyne,D.E.はケンブリッジ大学で心理学を学び,カナダのトロント大学で,実験美学の研究を進め,1965年に設立された国際経験美学会International Association of Empirical Aesthetics創設の中心的役割を果たした。彼は,芸術作品の鑑賞がもたらす快感情値hedonic valueが,作品の複雑性あるいは新奇性と逆U字型の関数になることを示した。すなわち,芸術作品は単純すぎても複雑すぎても,また新しすぎても見慣れすぎても快感情をもたらさないということを,心理学的実験の積み重ねによって明らかにした。

 アルンハイムArnheim,R.は,ゲシュタルト心理学のメッカであったベルリン大学で心理学を学んだ。ゲシュタルト心理学は,形態知覚の研究を柱とし,部分の総和でなく全体的配置が図形などの知覚にとって重要であるとする理論である。アルンハイムは,ゲシュタルト心理学をベースに,絵画,映画,建築など視覚芸術の分野の心理学的研究に新境地を切り開いた。『芸術としての映画』(1928)は,芸術心理学としてだけでなく,映画の学術的研究としても先駆的であった。1940年以後,ユダヤ系のアルンハイムはアメリカに亡命して研究活動を行ない,第2次大戦後は『美術と視覚』(1954),『視覚的思考』(1969),『芸術心理学』(1986)と,芸術心理学の論考を精力的に発表した。アルンハイムは,知覚は低次の過程,思考は高次の過程という偏った考え方に反対して視覚的思考visual thinkingという概念を提唱し,知覚は思考そのものにほかならないということを示した。

 芸術心理学のもう一つの柱である音楽心理学music psychologyは,音楽の作曲,演奏・歌唱,鑑賞など音楽にかかわる人間の活動の背後にある心理過程を研究するものである。音楽心理学の研究範囲は,音の物理的・生理学的特性である音響,音楽の三要素とされる旋律(メロディー)・和音(ハーモニー)・拍子(リズム),楽曲の形式である楽式などの単位で取り上げられ,そのような音楽単位の知覚・記憶・認知・美的判断・感情などの基礎的心理過程が分析されており,音楽能力の発達・熟達と教育,音楽療法など,応用での研究も行なわれている。 →音楽認知
〔子安 増生〕

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日本大百科全書(ニッポニカ)「芸術心理学」の解説

芸術心理学
げいじゅつしんりがく
psychology of art

芸術活動、あるいは芸術的創造活動を心理学的な方法によって研究したり、心理学の原理によって分析・解釈したりする心理学の一部門。芸術は表現形式から絵画、彫刻、建築、演劇、舞踊、文芸、音楽などに分けられ、それぞれを対象とする心理学的研究があるが、美しさを認知し、それを表現するという内面的活動を科学的に扱うためには、造形表現がモデル的に利用されやすい。したがって美術心理学(造形心理学)の研究が資料面ではもっとも豊かにみられる。また背景理論としては、ゲシュタルト心理学派の視知覚研究の成果、また精神分析学派の解釈理論がこの分野の研究を促進してきた。しかし最近では、環境心理学としてのヒューマン・スペースの研究、芸術表現をコミュニケーションと考える立場からの研究、あるいはイメージ研究など多様なアプローチが進められている。美術心理学ではその研究分野を四つに分けることができる。すなわち、(1)造形活動における視知覚、(2)空想と創造、(3)作家のパーソナリティー、(4)芸術作品、などに関する研究がそれである。また造形活動を通して、心理療法や療育を行おうという試みもある。

 視知覚研究では、形、色、材質、空間、距離、動き、図と地の構造、錯視など心理学の研究成果を直接活用できるところが大きい。またオランダのグラフィック・アーチスト、エッシャーのように、図と地の構造や錯視の原理を作品に応用した作品もみられる。創造性研究は美術の分野ばかりでなく、広く芸術に関係するが、天才的作家のケース研究を通して成果があげられている。精神分析学の芸術作品に対する解釈は無意識心理の原理を当てはめている。またその影響は超現実主義派の作品、あるいはアブストラクト芸術の発展に関係があるといわれている。最近では芸術作品についての比較文化的研究も少なくない。また、芸術活動を通して心の障害の回復を図る目的で、芸術療法が研究開発されるようになった。広く、「よい気分」の形成という視点から健康の維持・増進法として注目されている。芸術療法として絵画、造形、音楽、舞踊、遊戯など広範囲にその活動が利用されている。

[本明 寛]

『ルドルフ・アルンハイム著、波多野完治・関計夫訳『美術と視覚』上下(1963、64・美術出版社)』『相良守次他編『芸術心理学講座』全5巻(1957・中山書店)』

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典「芸術心理学」の解説

芸術心理学
げいじゅつしんりがく
psychology of art

芸術作品,芸術活動,芸術家などを含めて,広く芸術を研究対象にする心理学。現状では,まだ完全な体系が樹立されているとはいえないが,歴史的にみて,2つの研究方向に大別される。その一つは,芸術そのものを心理学的な方法で研究しようとするもの。もう一つは,心理学的な研究の範囲に属しながら芸術研究に関与しうるもの。前者は,美学,芸術学の流れから派生したもので,各ジャンルごとに研究対象が求められ,研究対象に応じてその研究法に差異が現れている。後者は,心理学本来の流れのうちから生れたもので,心理学的な観点から問題が扱われ,心理学理論を援用することによってその分析が試みられる。特にゲシュタルト理論を応用した R.アルンハイムの芸術理論が有名。これらの研究で扱われる問題は,たとえば,美的印象を与える刺激対象の特性や美的享受の問題,象徴や様式の問題,さらには芸術家の内面的な動機,そのパーソナリティ,作品とそれを受ける読者や鑑賞者,観客の心理学的問題というように多岐にわたっている (→音楽心理学 ) 。

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デジタル大辞泉「芸術心理学」の解説

げいじゅつ‐しんりがく【芸術心理学】

心理学の理論と方法とによって、芸術を研究・解明しようとする学問分野。創作と鑑賞の二つの面が対象となり、美術・文芸・音楽などの部門別にも細分されている。

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精選版 日本国語大辞典「芸術心理学」の解説

げいじゅつ‐しんりがく【芸術心理学】

〘名〙 芸術に関する諸問題を解明しようとする応用心理学一種。美的構成原理、制作行動、鑑賞反応、芸術教育、芸術機能の生活適用などを対象とする。

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世界大百科事典 第2版「芸術心理学」の解説

げいじゅつしんりがく【芸術心理学 psychology of arts】

芸術を心理学的理論に基づいて分析,研究し,その成果を応用しようとする心理学の一分野。その研究対象は,絵画のような視覚的芸術から音楽,文芸,演劇,映画にまで及び,それらの創造過程や作品鑑賞の過程についての解明を目的としているが,さらに芸術作品の比較文化的研究や精神異常者の手になる作品の病理学的研究なども含まれている。歴史的には主として芸術鑑賞過程の研究に〈実験美学〉の手法をとり入れたG.T.フェヒナーや〈美的感情移入〉の理論を説いたT.リップスなどの業績をあげることができるが,これらはその後,視覚芸術に対するゲシュタルト心理学および創造活動の動機解明への精神分析学の導入となって発展してきている。

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