最新 心理学事典 「音楽認知」の解説
おんがくにんち
音楽認知
music cognition
リズムrhythmとは,音の長短(音長)関係に基づいてグルーピングされた音の時間的パターンであり,その認識は近接の要因,経験の要因,拍節的体制化などの影響を受ける。拍節的体制化metrical organizationとは,入力された音の流れを,一定の時間間隔(拍beat)の連続として認識し(周期性の知覚),さらに拍の連続を2拍,3拍などの拍子meterとしてグルーピングすることにより,より大きい時間単位(たとえば小節measure,bar)で認識する,というような階層的な拍節構造の認識処理である。
音の高さの側面については,周波数に対応するピッチ・ハイトpitch heightとして連続的・1次元的に知覚する(ピッチ感覚)と同時に,周波数比の類似性を感知する音調性感覚に基づくクロマchroma(オクターブ中の相対的な位置を表わすもので,C,C#,D…など)としてカテゴリー的にも知覚していると考えられるため,やや複雑である。前者のピッチ・ハイトに基づいて,聞き手は音列をピッチの上下動のライン(旋律線melodic contour)としてパターン化して認知する。より年少で音楽経験の少ない者ほど,音程や音名ではなく,旋律線パターンに基づいてメロディを認識する。一方,音調性感覚からもたらされる協和感consonance,オクターブoctave,クロマの知覚を基盤として,聞き手は音高列に対して,調性スキーマtonal schemaに基づいて中心音tonal centerを定め,この中心音と他の音高とを有機的に関係づけることにより,楽曲の音の高さの組織を知覚的に体制化する(調性的体制化tonal organization)。調性スキーマとは,調性に関する暗黙的知識であり,特定の音楽文化の音高組織(音階scale)を内化したものといえる。調性的体制化の過程では,楽曲を調性スキーマに同化することによって,調性tonality(楽曲の音高組織に中心音による支配性が認められる心理現象)が認知されることになる。このような枠組み的認知のもとで,典型的な拍節・調性構造に合致しないものはメロディとして認識されにくく,記憶もされにくくなる。
メロディのより複雑な分節化・構造化の過程については,音楽理論からのアプローチや言語理論からの類推によるモデル化が試みられている。マイヤーMayer,L.は,聞き手が音列のリズム構造と和声構造を分析し,次にどのような音が続くかについての期待expectationを生成していると考え,暗意-実現モデルimplication-realization theoryを提唱している。また,ラーダルLerdahl,F.とジャッケンドフJackendoff,R.(1983)は,言語理解過程における統語分析と類似した処理を仮定し,メロディをフレーズ構造に分節化しそれらを樹構造として統合するような生成的音楽理論generative theory of tonal musicを提唱した。いずれの理論においても,調性・和声的に不安定な音高が心的な緊張を引き起こし,より安定した音高へ解決する期待を引き起こす,期待は別の音高の出現によって逸脱されたり先延ばしされたり(遅延)して,最終的に解決される,ということを仮定している。
われわれは音楽に対して「明るい」とか「暗く沈んだ」などの感情的性格を認知する。音楽の感情価affective valueとは,ある音楽作品がそうした感情的性格をどの程度もっているのかといった感情的性格の種類と量を表わすもの(谷口高士,1998)である。感情価は,音楽のさまざまな要素(テンポ,音量,音長,音色,調性など)を手がかりにして認知されるが,基本感情のような少数の感情カテゴリーで認知されるとするカテゴリー説と,ベイレンスvalence次元(ポジティブ-ネガティブを両極とする)と活動性activity次元(喚起性arousal次元ともいう)の2次元上で認知されるとする次元説がある。 →ゲシュタルト心理学 →聴覚
〔吉野 巌〕
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