若山荘(読み)わかやまのしょう

百科事典マイペディア「若山荘」の解説

若山荘【わかやまのしょう】

能登国珠洲(すず)郡の荘園で,現石川県珠洲市西部から内浦(うちうら)町(現・能登町)および能都(のと)町(現・能登町)東部などを含む一帯に比定される。1143年源季兼は父俊兼から伝領された当荘を皇太后藤原聖子(のちの皇嘉門院)に寄進している。鎌倉時代初頭には公田数500町で(能登国田数注文),郡域の大半を荘域とし,若山飯田・直(ただ)・木郎(もくろう)の4郷と西海(さいかい)浦からなっていた。本家職は皇嘉門院から九条家に,領家職は季兼から子の季長を経て日野家に伝領され,1348年には九条経教と日野時光の間で領家職をめぐる相論があった。日野家は在地武士の本庄氏・松波氏らを荘官に登用したが,1428年から翌年にかけては守護請となっていた。荘内の直郷には,平安期から戦国期にかけて焼かれた珠洲焼の窯跡が多数分布している。

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世界大百科事典 第2版「若山荘」の解説

わかやまのしょう【若山荘】

能登国珠洲(すず)郡にあった荘園。現在の石川県珠洲市西域から珠洲郡内浦町全域にかけての地域にあたる。1143年(康治2)の成立で,源季兼から皇嘉門院藤原聖子に本家寄進され,鳥羽院領(皇室領)となった。1221年(承久3)の能登国大田文には公田数500町と見え,郡域の大半を荘域とし,荘内は若山,飯田,直,木郎の4郷と西海浦から構成されていた。本家職は皇嘉門院から摂関家九条家に,領家職は季兼から公家の日野家に,それぞれ相伝されており,1348年(正平3∥貞和4)には九条経家と日野時光の間で,領家職をめぐる相論も展開された。

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