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能都 のと

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

能都
のと

石川県北部,能登町南部の旧町域。能登半島東部にある。南東は富山湾に面する。 1955年小木町,宇出津町,三波村と神野村の一部が合体して能都町が発足。地名は能登半島の中心都市となることを願って命名された。 1956年鵜川町を編入。 2005年柳田村,内浦町と合体し能登町となる。米作を中心にイモ,マメ,蔬菜類が栽培され,酪農も行なわれる。湾岸部では漁業が盛んで,宇出津鵜川などの漁業集落がある。宇出津港は定置網漁業の基地で,奥能登における水産物,林産物,農産物の積出港になっている。遠島山公園から田の浦,真脇への海岸は能登半島国定公園に属する景勝地。東部の真脇遺跡は国の史跡。毎年7月7,8日に行なわれる宇出津八坂神社のいやさか祭はあばれ祭とも呼ばれて有名。農耕儀礼「奥能登のあえのこと」は国の重要無形民俗文化財。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

能都
のと

石川県北部、鳳至(ふげし)郡にあった旧町名(能都町(まち))。現在は鳳珠(ほうす)郡能登(のと)町の南部を占める地域。1955年(昭和30)小木(おぎ)、宇出津(うしつ)の2町と三波(さんなみ)村、神野(かんの)村の一部が合併して成立。1956年能都町は鵜川(うかわ)町を編入。2005年(平成17)鳳至郡柳田(やなぎだ)村、珠洲(すず)郡内浦(うちうら)町と合併し、鳳珠郡能登町となった。能登半島の北部、富山湾に面し、丘陵地が広い。沿岸を国道249号が走り、大規模農道も通じる。2003年、町西部、輪島(わじま)市、穴水(あなみず)町にまたがる木原(きはら)岳周辺に能登空港が開港した。鉄道は、のと鉄道能登線(穴水(あなみず)―蛸島(たこじま)間)が通じていたが、2005年4月廃止され、現在は代替バスが通じている。縄文、弥生(やよい)時代の遺跡に富み、真脇(まわき)遺跡(国指定史跡)はその代表で出土品は国の重要文化財に指定されている。戦国時代に棚木(たなき)城が置かれ、織田信長軍に落とされた。小湾奥の宇出津は天然の良港で、近世以降港町として栄えた。県立水産総合センターと海洋漁業科学館がある。かつては木炭、木材などを機帆船で富山県へ運んでにぎわったが、陸上交通の発達で港の比重は低下している。ブリなどの定置網漁業が盛ん。鵜川菅原(うかわすがわら)神社のイドリ祭りは、国選択無形民俗文化財。[矢ヶ崎孝雄]
『『能都町史』全5巻(1980~1983・能都町)』

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