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若柳寿童(初代) わかやぎ じゅどう

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

若柳寿童(初代) わかやぎ-じゅどう

1845-1917 幕末-大正時代の日本舞踊家。
弘化(こうか)2年6月23日生まれ。花柳寿輔の門にまなび,2代芳松の名をゆるされる。劇場の振付師としても活躍したが,明治26年破門となる。翌年若柳吉松を名のり若柳流をたて,花柳界を中心に流派を発展させた。38年寿童と改名。大正6年7月22日死去。73歳。江戸出身。本名は若林勇吉。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

若柳寿童(初代)

没年:大正6.7.22(1917)
生年:弘化2.6.23(1845.7.27)
日本舞踊若柳流創始者で,柳橋花柳界の大師匠。本名若林勇吉。前名花柳芳松,若柳吉松。還暦に寿童と改名。江戸新吉原の引手茶屋見吉屋の末子。6歳から踊りを習い,のち初代花柳寿輔に入門。まもなく師の幼名を許されて振付助手や柳橋の出稽古を務めたが,父の死を契機に舞踊を止め職を転々とする。30歳のころ舞踊界に戻り,49歳で花柳流を破門され若柳流を樹立した。初代寿輔没後,衰退した花柳流から復帰を望まれたほど優秀な人材。寿童の名跡はかなりの期間をおいて昭和63(1988)年に3代目宗家若柳寿邦が2代目を襲名,翌年に没した。<参考文献>郡司正勝・江口博編『日本舞踊大系/正派若柳流』

(丸茂祐佳)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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