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華清池 かせいち

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世界の観光地名がわかる事典の解説

かせいち【華清池】

中国の陝西(せんせい)省の省都・西安(シーアン)東方約35km、驪山(れいざん)(標高1256m)の麓にある温泉地。4ヵ所の湯元があり、関節炎や皮膚病に効能がある温泉として知られる。華清池の歴史は古く、約3000年前、西周王朝はここに驪宮を建てたが、その後、泰、漢、隋の時代にも離宮が置かれた。温泉が発見されたのは2700年前といわれ、秦の始皇帝はここに驪山湯を設けている。唐の皇帝玄宗は、ここに宮殿(華清宮)を建てたが、楊貴妃とのロマンスの舞台として有名である。1982年に発見された華清宮御湯の遺跡に、高宗が楊貴妃のためにつくらせた海棠の湯も含まれている。

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世界大百科事典 第2版の解説

かせいち【華清池 Huá qīng chí】

中国,陝西省東部,臨潼県の驪山(りざん)北西麓にある温泉。西安の東郊にあたり,唐代の644年(貞観18)湯泉宮が建てられ,のち拡張して華清宮と改められ,華清池とも呼ばれた。唐の玄宗が楊貴妃と共に入浴したことで名高い。また1936年ここに宿泊していた蔣介石を張学良の指揮する東北軍将兵が襲撃して捕らえた,いわゆる西安事件の舞台にもなった。現在は公園として開放され,入浴もできる西安市民の保養地,観光地である。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

華清池
かせいち / ホアチンチ

中国、陝西(せんせい/シャンシー)省臨潼(りんどう)県の南、驪山(りざん/リーシャン)の山麓(さんろく)にある温泉保養地。温泉の歴史は古く、周の幽王、秦(しん)の始皇帝、唐の玄宗など、いずれもここに離宮を営んだ。楊貴妃(ようきひ)が湯あみしたことは有名で、そのさまは白居易(はくきょい)の『長恨歌(ちょうごんか)』にも歌われている。1936年、蒋介石(しょうかいせき/チヤンチエシー)が張学良(ちょうがくりょう/チャンシュエリヤン)軍に捕らえられた西安(せいあん)事件が起こったのもこの地で、驪山の中腹には捉蒋亭(そくしょうてい)がある。現在の水源は4か所、水温は43℃、水量は豊富で、民衆の保養所としてにぎわっている。[吉村 怜]

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世界大百科事典内の華清池の言及

【温泉】より

…温谷とは《山海経(せんがいきよう)》にあらわれる温源谷ないし湯谷であって,そこは太陽が登るところであるという。〈温泉は水滑(なめ)らかにして凝脂に洗(そそ)ぐ〉と《長恨歌》にうたわれた唐の玄宗と楊貴妃のロマンスにいろどられる華清池の温泉も,がんらい秦の始皇帝と神女がたわむれていたとき,始皇帝がいたずらをすると神女がつばを吐きかけて瘡(かさ)を生じ,あやまったところただちに温泉を湧出させたという伝説を伴う。六朝時代以後にさかんに制作された地方志には温泉にかんする記述がすくなくない。…

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