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西安 セイアン

5件 の用語解説(西安の意味・用語解説を検索)

デジタル大辞泉の解説

せいあん【西安】

中国陝西(せんせい)省の省都。渭水(いすい)の南に位置する。付近に西周前漢の都が置かれた。大雁塔(だいがんとう)や東郊の華清池、始皇帝陵など史跡が多い。現在は重化学工業が発達。人口、行政区448万(2000)。シーアン

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百科事典マイペディアの解説

西安【せいあん】

中国,陝西省の省都で政治・経済・交通・文化の中心地。古くは長安と呼ばれ,渭水平原の中央にあり,要害の地で水利の便もよく,周〜唐代1000余年の間,しばしば国都となった中国随一の歴史都市である。
→関連項目関中陝西[省]平涼

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世界大百科事典 第2版の解説

せいあん【西安 Xī ān】

中国西北区の陝西省渭河(いが)平原の中央にあり,渭河の南に位置し,隴海(ろうかい)鉄道に沿う。同省の省都。面積1144km2,人口293万(1994)。古名は長安。明・清代の西安府治であった。新城,雁塔,閰良,碑林,灞橋(はきよう),蓮湖,未央の7区よりなり,行政的には長安県など6県が含まれる。1928年西安市の市制施行,30年西京市と改められたが,43年再び西安市に復した。解放前は製粉,紡織,マッチ等の小工場しかない消費都市であったが,解放後旧城外に大型火力発電所,紡織染色,機械,電機等の大工場が建設され,工業都市に変わった。

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大辞林 第三版の解説

せいあん【西安】

中国、陝西せんせい省の省都。渭水の南岸に位置し、綿織物・製鉄・機械などの工業が盛ん。周・秦・漢・隋・唐の都として栄えた。旧市街は唐の長安の皇城の地に位置する。シーアン。 → 長安

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

西安
せいあん / シーアン

中国、陝西(せんせい/シャンシー)省の省都。旧称長安、西京。現代中国の八大都市の一つであり、北京(ペキン)、南京(ナンキン)、洛陽(らくよう)と並んで四大古都にも数えられる。歴史的に関係の深い日本の京都、奈良と友好都市関係を結んでいる。人口688万0111、市轄区人口393万4654(2000)。市域に長安県など5県を含む(2001)。
 黄河(こうが/ホワンホー)中流の一支流である渭河(いが/ウェイホー)の形成する平野のほぼ中央にあり、肥沃(ひよく)な黄土による沖積土壌、適度な温度(年平均15.8℃)、降水量(年490ミリメートル)などの安定した自然条件に恵まれ、中国でもっとも早く農耕文明が発達した土地であった。周辺には多くの新石器時代遺跡があるが、とくに著名なものは市東郊にある半坡(はんぱ)遺跡で、仰韶(ぎょうしょう)文化の代表遺跡として知られている。この地域を基盤に原始国家を形成した周は、紀元前11世紀には中原(ちゅうげん)に東進して殷(いん)を破り、黄河中・下流域で最大の勢力となったが、その中心となったのが市西郊の(れいすい)を挟んで建てられた豊京(ほうけい)と鎬京(こうけい)であった。その後、秦(しん)もここに咸陽(かんよう/シエンヤン)を置き、前漢の長安に引き継がれ、古代中国の中心都市となった。長安は南北朝分裂期においても、前秦、後秦、北周など北朝の国都となり、隋(ずい)、唐にはふたたび全国の中心となった。しかし経済の重心が南に移行するとともに、長安は政治・文化の中心ではあっても経済基盤に欠けたため、五代の混乱期を経て北宋(そう)になると、都は華北(かほく/ホワペイ)平原の大運河に沿う開封(かいほう/カイフォン)に置かれ、以後長安は地方都市となったが、伝統に支えられた特殊な地位をもつ中心地であった。明(みん)代に西安府が置かれてからは一般にはその名でよぶようになった。以後、1928年に西安市が設置され、30年に西京市と改称されたが、43年にもとの西安市に改められた。36年に発生した西安事件は国共交渉史上の重要な事件であった。
 その歴史のなかで都市がもっとも繁栄したのは唐代で、東西9.7キロメートル、南北8.7キロメートルにわたる長方形の都城が築かれ、中央北部に皇城(皇帝の執務処)と京城(皇帝の居処)が置かれ、そのほかは東西南北に整然と走る街路により110余の坊に区画されていた。その中には王侯貴族の邸宅、官庁、寺院、道観などの壮麗な建物がそびえていたほか、東西に市が置かれ、付近では商業、手工業が栄えた。最盛期には城内と郊外をあわせて100万の人口があったといわれる。唐代にはシルク・ロードを通じて西方の文物がもたらされ、長安はその東端にあたる一大国際都市であった。日本からも多くの人が訪れ、長安は日本古代の都市計画のモデルになった。しかし唐末の争乱のなかで都の大部分は廃墟(はいきょ)となり、わずかにかつての皇城を中心とした小規模な城郭が残されるだけであったが、明代にこれを基礎に西安府城が築かれ、これが今日の西安の原型となっている。
 現在の西安は、渭河平原周辺に多数分布する歴史遺跡や、南部にそびえる秦嶺(しんれい/チンリン)山脈の美しい自然を観光資源として、中国有数の文化観光都市となっている。また西北地方への入口にあって、陝西のみならず西北全体の中心都市でもあり、機械・繊維などの軽工業に加え、最近は石油化学などの重工業開発も進められている。[秋山元秀]

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世界大百科事典内の西安の言及

【長安】より

西安の旧名で,中国の代表的な古都の一つ。陝西省渭河平原の中部に位置し,北は渭河に臨み,南には秦嶺がつらなり,西には灃水(ほうすい)が流れ,東には滻河と灞河がある。…

※「西安」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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