藤原忠良(読み)ふじわらの ただよし

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「藤原忠良」の解説

藤原忠良 ふじわらの-ただよし

1164-1225 平安後期-鎌倉時代公卿(くぎょう),歌人
長寛2年生まれ。近衛基実(もとざね)の次男。母は藤原顕輔(あきすけ)の娘。寿永2年従三位。のち正二位にすすみ,大納言となった。号は粟田口,鳴滝。「千五百番歌合」の判者のひとりで,作歌は「千載和歌集」以下の勅撰集に多数はいっている。嘉禄(かろく)元年5月16日死去。62歳。
格言など】樗(あふち)咲く外面の木陰露落ちて五月雨(さみだれ)晴るる風渡るなり(「新古今和歌集」)

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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