改訂新版 世界大百科事典 「血痕反応」の意味・わかりやすい解説
血痕反応 (けっこんはんのう)
examination of the blood stains
おもに犯罪に関連して,その現場,凶器(成傷器),衣類などに血液の斑痕(血痕)らしいものが付いていたり付いていることが疑われる場合に,それを確かめる(血液の構成分を検出する)ために利用される化学的または血清学的な反応。血痕の付き方はいろいろで,非常に小さかったり,色が薄かったり,あるいは布地の色でかくされたりして,肉眼ではよく見えないこともあるし,またしょうゆ,ソース,ペンキなど,血痕と紛らわしいものが付いていることもある。このように,血痕であるか否かが明らかでない場合には,まず鋭敏でごく少量の血液でも検出でき,しかも広い範囲にわたって比較的簡単に行える検査を予備的に行って,血痕らしいものを選び出すとともに,血痕でないものを除外する。これを血痕予備試験といい,赤血球の構成成分の一つであるヘムhemeのペルオキシダーゼ反応が利用される。すなわち過酸化物(過酸化水素など)に血痕らしいものを加え,酸化によって発色または変色する物質(無色マラカイトグリーン,フェノールフタレイン,アミノピリン,テトラメチルベンジジンなど)をこれに作用させ,発色(変色)がおこるかどうかでヘムの存否を推定する。この試験では,肉眼で見えない微量の血痕でも陽性にでる。血痕が現場の広い範囲に点在している可能性のある場合にはルミノール試験が有効である。しかし,これらの反応は血液に特有ではないので,陽性すなわち血痕とはいえないが,陰性ならば血痕を否定できる。予備試験が陽性の場合や予備試験を行うまでもなく血痕に間違いないと思われる場合は,それがほんとうに血痕であるかどうか,血痕なら人間のものかどうかを検査する。それにはヘモグロビンや血清タンパク質に特有な血清学的反応やDNA解析などが利用される。人血と判断されたら個人識別のために性別や各種の遺伝標識(ABO血液型,DNA多型など)を検査する。性別は,Y染色体上のアメロゲニン,DYZ1,SRYローカスなどを指標とするDNA分析によって判定できる。ABO血液型の検査は,抗体の吸収-解離試験などの免疫学的方法やDNA解析によって行われる。DNA多型(DNA型)には多くの種類(システム)があるが,日本では,血痕の個人識別には,警察庁が開発したMCT118(D1S80)型(16塩基を1単位とするシングルローカス高変異縦列反復配列(VNTR)多型の一種で,PCR(ポリメラーゼ連鎖反応)増幅-電気泳動法で検査する)が標準的なDNA多型システムとして広く用いられ,これにHLADQα型を併用する方法が実務化されている。このMCT118型には29種以上の対立遺伝子があり,出現可能な遺伝子型は435通り以上になる。かつては,DNA指紋(DNAフィンガープリント)と呼ばれるマルチローカスVNTR多型がきわめて高い個人識別能をもつものとして注目されたが,いまでは再現性に問題がある等の理由で多用されなくなっている。
執筆者:中嶋 八良
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報