翻訳|absorption
生理学用語。一般に生体が外界から物質を取り込むこと。分子やイオンが細胞膜を通して細胞内に取り込まれることであるが,広義には細胞膜を通過しないで物質が取り込まれる現象,すなわち,エンドサイトーシス(食細胞作用+飲細胞作用)をも含む。
とくに消化した栄養を消化管壁から取り込む消化吸収の過程をいうことも多い(この意味ではresorptionという語も用いられる)。
執筆者:佃 弘子
高等動物では,そのほとんどが消化管,とくに小腸で行われる。消化管の中でも,口腔から胃に至るまでは脂溶性の高い低分子の物質(アルコールやある種の薬物)がわずかに吸収されるにすぎず,種々の栄養素や水・電解質はほとんど吸収されない。物質の吸収が最も盛んな部位は小腸で,消化されて低分子となった栄養素や電解質は特殊な機構によって体内に取り込まれる。大腸の吸収能は小腸に比べると全般に低く,糖,アミノ酸,脂質はほとんど吸収されず,わずかの水・電解質がここで吸収され,残りのものから糞便塊が形成される。
小腸粘膜は,ひだ構造や絨毛(じゆうもう)villusと呼ばれる突起が存在するため,吸収表面積が非常に大きい。さらに,小腸管腔に面して1層に配列している上皮細胞(吸収細胞ともいう)の管腔に面した側には微絨毛microvillusと呼ばれる無数の微細突起構造があり,上皮細胞の表面の膜の総面積は吸収面が平たんな管として計算した面積の約600倍も大きくなっている。なお微絨毛構造は,吸収面積を増加させることだけではなく,微絨毛の膜表面での消化(このような消化を膜消化という)と吸収が効率よく行われるために非常に重要な役割をもっている。
腸管での物質の吸収は管腔内の液中から吸収細胞に取り込まれることから始まる。ただし,ある種の電解質(カリウムイオンK⁺や塩素イオンCl⁻),低分子の親水性物質のあるものは吸収細胞の間隙(かんげき)を通って体内に吸収される。細胞に取り込まれて吸収される場合は,単純な拡散で吸収される受動的吸収と,濃度の低いほう(管腔内)から高いほう(細胞内)に濃度こう配に逆らって吸収される能動的吸収とに区別できる。能動的な吸収は,吸収細胞が正常の代謝を営んでいないと起こりえず,エネルギーを消費する特殊な細胞機序を基盤としており,このような物質の輸送を能動輸送という。ブドウ糖,ガラクトース,アミノ酸などの栄養素の腸管吸収はこの例である。それに対し薬物の吸収の多くは受動的吸収によっている。単糖(ブドウ糖,ガラクトース)やアミノ酸の能動的な吸収は,それら有機溶質が細胞の表面の膜に組み込まれている担体とよばれる特殊なタンパク質に結合して,膜を通過し細胞内に流入する。それら担体はそれぞれ特異的に結合する物質がきまっており,かつ個々の担体はナトリウムイオンNa⁺とも同時に結合する性質をもっており,有機溶質とNa⁺はともに膜輸送される(このような輸送を共輸送という)。Na⁺と共輸送されると,Na⁺の細胞内への流入に連結して有機溶質は濃度こう配に逆らって輸送されるようになり,細胞内に入ったNa⁺は反対側の膜にあるナトリウムポンプと呼ばれる機構によってエネルギーを消費しながら細胞外にくみ出される。有機溶質は通常,いったん細胞内にたまり,次いで反対側の膜を通って細胞間質に移行し,毛細血管内に流入する。炭水化物の場合はブドウ糖などの単糖類まで消化が行われてから吸収されるが,タンパク質の場合は,アミノ酸にまで分解されたのちアミノ酸として吸収される機構のほかに,アミノ酸残基が2または3のオリゴペプチドのままでも吸収される。それには特殊なペプチド輸送担体が働く。細胞内に取り込まれたペプチドは,細胞内でペプチダーゼによってアミノ酸に加水分解され,血液にはアミノ酸として吸収される。タンパク質の丸ごとの吸収は例外的な場合しかみられず,吸収量もごくわずかである。しかし生後まもないある種の動物では,初乳中の免疫グロブリンをそのまま吸収することが知られている。脂肪の吸収は,糖,タンパク質加水分解産物の場合とはちがった機序で行われる。脂肪の消化の結果生じたモノグリセリド,脂肪酸は,胆汁酸とともにミセルと呼ばれる微細粒子を形成する。ミセルは,疎水性の部分を内包し親水性の極性部分を外側にした構造をしており,水溶液中で安定である。細胞膜は脂質に富む膜であるため脂溶性の高い物質は膜透過性が高いが,細胞膜表面にはかくはんの悪い水層があり疎水性の物質に対する拡散障壁となっている。ミセルの形になると,この層の拡散が促進され,速やかに細胞膜表面に達する。ここでミセル内部の脂肪消化産物は細胞内に速やかに拡散する。細胞内に取り込まれた脂肪消化産物は,再び中性脂肪に合成され,さらにタンパク質と結合した形で細胞間質に出され,リンパ管を経て静脈内に流入する。水溶性ビタミンは一般に担体を介して吸収されているが,脂溶性ビタミンは単独またはミセルに組み込まれて吸収されている。
→消化
執筆者:星 猛+日向 正義
物理学,化学用語。(1)エネルギーや物質などの物理量が他の媒質に入り,そこに取り込まれてとどまる過程,またはそれに伴って強度や粒子数などが減衰する現象をいう。後者の減衰の場合には,吸収過程によるもののほかに,散乱のように媒質にエネルギーを与えない相互作用による損失も加えて考える。代表例としての光の吸収は,光が媒質中を通過するとき,その単色光成分のエネルギーが媒質にとらえられたり,散乱などで失われる現象を指している。媒質中における吸収の減衰定数に吸収係数がある。光については,入射光の強度をI0として,光が媒質中を距離x進行したときの光の強度Iは,I=I0exp(-αχ)で表され(ランバートの法則Lambert's law),定数αを吸収係数と呼んでいる。また真空中の光の波長をλとしたとき,k=αλ/4πで表されるkを消衰係数という。一般にαには散乱などのエネルギー吸収を伴わない損失によるものも含めている。
→光吸収
執筆者:朝倉 利光(2)ある物質がそれと界面を隔てて接している異なる相の内部に取り込まれる現象をいう。とくに気体の液体に対する溶解度の違いを利用した混合ガスの分離,有価物の回収,不純物の除去などの操作をガス吸収と呼び,化学工学の一単位操作となっている。固体による液体,気体の吸収もあり,例えば白金やパラジウムなどによる水素の吸収においては,水素は原子状に解離して金属格子中を拡散していき,金属原子と一定割合になるまで取り込まれる。とくに水素ガスの貯蔵用としてチタンTi,あるいはチタン-鉄Ti-Feを中心とする合金による吸収が着目されている。1000倍容近い水素を吸収する金属もある。気体,または液体の分子が相当数の単位で一団となって固体内部へ取り込まれる現象を吸蔵と呼ぶこともある。なお,多孔質固体による気体などの吸収は,多くの場合厳密には固体の有する内部細孔の表面における吸着であり,固体そのものの内部への吸収ではない。
執筆者:鈴木 基之
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
物質中を放射線や電磁波、あるいは音波が通過する際、その一部が物質中で消滅するために強度がしだいに弱くなる現象。光波の場合は電子またはイオンの振動を励起するためにおこる。吸収される量は入射量に比例するので、入射強度I0の光が厚さdの均質物質を通過したときの強度をIとすると、
I=I0e-μd
で表され、μを吸収係数という。吸収された光のエネルギーはふたたび光となって放出される場合(蛍光、燐(りん)光)もあるが、多くは物質中の原子やイオンの運動エネルギーに変換されるので、光の吸収によって物質の温度は上昇する。とくに赤外線の場合は直接物質中のイオンの振動を励起するので、熱作用が強い。量子論によれば、光の吸収は二つのエネルギー準位間の遷移に伴うもので、低い準位より高い準位への遷移に伴うものが吸収であり、その逆過程が放射である。物質のエネルギー準位の分布は一様ではなく、また遷移にも関係準位の組合せによって遷移確率(遷移のむずかしさ)が異なるので、吸収も放射もともに物質固有のスペクトル分布を示す。この分布から物質の種類や状態を見分けることが行われている。
[尾中龍猛・伊藤雅英]
化学の場合、気体分子が液体または固体の内部にまで移動することをさすことが多く、それらの表面付近にとどまっている場合を吸着といっている。吸収係数の実際の測定には、
I=I010-ad (a=μlog10e=0.4343μ)
の式を使うことが多い。また溶液などのように媒質中で一様に分布している試科を使って測定することがもっとも普通であり、aはその濃度cに比例し、a=εcと書くことができるので、
I=I010-εcd
という式を用いる。cをモル濃度で表したときのεをモル吸光係数といっている。モル吸光係数は物質に特有の数値である。
音の吸収は一種の緩和現象である。気体の中を音波が通過するとき、温度が上下するが、これは断熱的な圧縮・膨張のためである。そのとき分子の運動エネルギーは気体の回転や振動の内部エネルギーに分配されて平衡に達しようとする。平衡に達するまでには時間がかかるので気体の体積変化が圧力変化より遅れる。
この遅れを緩和するために圧力の変化を少なくするよう、気体は音を吸収する。このように、音の吸収は物質の体積粘性がおもな原因である。
[下沢 隆]
『大津元一著『光科学への招待』(1999・朝倉書店)』
生物学用語。細胞が細胞膜を通して外部の物質を細胞内に取り入れること。単細胞生物ではそのものが、多細胞生物では特別に大きな表面積をもつ器官の細胞(植物根毛細胞、動物消化管吸収上皮細胞)が主として吸収の働きをする。諸物質は、浸透、拡散、能動輸送のいずれかにより細胞内に入る。浸透とは細胞内外の浸透圧の差に従うもので、動植物とも水はこれにより吸収される。拡散とは細胞内外の物質の濃度に差があるときになされる。多細胞生物では、吸収した物質は次々とほかに運ばれるので細胞内外の濃度差が保たれ能率よく吸収される。アミノ酸類、ビタミン、胆汁により微粒子化した脂肪など、植物での無機塩類の吸収はこれによる。能動輸送はATPの結合エネルギーを使う反応により物質を取り入れる仕方であり、脂肪酸やアミノ酸のあるもの、ナトリウムやカリウムのイオンの吸収はこれによる。ブドウ糖の吸収にもATPが使われる。
[竹内重夫]
【Ⅰ】弾性波(音波・衝撃波など),放射線(ラジオ波,マイクロ波,光,X線,γ線など),粒子の流れ(電子線,中性子線,原子分子の流れなど)が物質中を通過するとき,それらのエネルギーまたは粒子数の一部または全部を失うこと.吸収の機構も,また吸収したエネルギーや粒子の散逸の機構も,入射するものの種類やエネルギーと物質の構造や配置によって異なる.吸収の程度を示すには,弾性波や放射線に対しては吸収係数を用いることが多いが,粒子線に対しては吸収断面積を用いることが多い.【Ⅱ】気体あるいは溶液中の溶質分子がこれと接する固体または液体の内部に取り込まれる現象.界面上の濃度変化を生じる吸着とは区別される.塩化水素の水への溶解や,水素がアルカリ金属,パラジウム内に解離して溶解するのはその例である.吸収は界面への吸着に続く内部への拡散から成り立っており,一般に拡散が遅く,平衡に達するときの律速段階となっている.吸収された分子種は分子性またはイオン性溶液,固溶体,化合物などとして存在するが,固体触媒内部に吸収された水素,酸素などの気体が表面層の結合状態をかえ,触媒作用に影響することが知られている.【Ⅲ】ガス吸収:混合ガス中からある特定の成分を分離する方法の一つで,おもにその特定成分を溶解するような液体を接触させる方法である.混合ガス中の有用成分の回収や不用もしくは有害成分の除去,反応生成物の分離などに用いられる.多くの場合,水は非常に便利な吸収液であるが,溶解度が小さい場合には多量の水を使用したり,高圧にするかわりに化学薬品を使用して,吸収と同時に化学反応を起こさせる場合もある.これを化学吸収という.吸収の理論は,1923年にW.K. LewisとW.G. Whitmanの二人によって提案された二重境膜説を基礎としており,現在もなお使われている.吸収器としては,充填塔,段塔,スプレー塔,スクラッバー,ぬれ壁塔,気泡塔,気泡かくはん槽など,種々の形式があるが,このうち,充填塔は構造が簡単で吸収の効率も高く,ガスの圧力損失が少ないなどのためにもっとも代表的な吸収器として使用されている.
出典 森北出版「化学辞典(第2版)」化学辞典 第2版について 情報
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報
出典 図書館情報学用語辞典 第4版図書館情報学用語辞典 第5版について 情報
出典 平凡社「普及版 字通」普及版 字通について 情報
…生理学用語。一般に生体が外界から物質を取り込むこと。分子やイオンが細胞膜を通して細胞内に取り込まれることであるが,広義には細胞膜を通過しないで物質が取り込まれる現象,すなわち,エンドサイトーシス(食細胞作用+飲細胞作用)をも含む。 とくに消化した栄養を消化管壁から取り込む消化吸収の過程をいうことも多い(この意味ではresorptionという語も用いられる)。【佃 弘子】
[消化吸収]
高等動物では,そのほとんどが消化管,とくに小腸で行われる。…
※「吸収」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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