西寺町(読み)にしてらまち

日本歴史地名大系 「西寺町」の解説

西寺町
にしてらまち

[現在地名]津山市西寺町・小田中おだなか

東西に通る出雲往来の南北両側の広大な地域を占め、東は西今にしいま町、西はかや町、南は鉄砲てつぽう町・新茅しんかや町、北は小田中村。密集して並ぶ寺院は隣接した町村にも及ぶ。「武家聞伝記」元和三年(一六一七)条に「三月迄ハ西寺町、只今之南新参町ニて有之処ニ、寺町を西へ御引セ」と記すように、藩は城下建設にあたって、最初藺田いだ川河口の東辺に寺町を造る計画であったが、途中から城下西辺部に変更した。寺院の配置は、出雲往来の両側に大寺を配置し、北側の大寺院はその北裏の西新座にししんざ新屋敷しんやしきの侍屋敷町と一体となる。出雲往来と南から入る備前往来との交差する南西の角に日蓮宗の大寺院を集めて配置し、また藺田川が吉井川と合流する付近の備前往来に沿った一角に浄土宗の寺院を集めて配置した。とくに浄土宗の寺院は、東の南新座の侍屋敷町、南の鉄砲町の足軽町と一体となっている。

正保城絵図では北側に二ヵ寺、南側に一一ヵ寺を記し、万治町絵図には北側に慶徳けいとく寺・金剛こんごう寺・善六ぜんろく寺、南側に正油・正伝しようでん清見せいけん寺・通学・大泉だいせん寺・慶正けいしよう寺・長安ちようあん寺・妙法みようほう寺・本行ほんぎよう寺の計一二ヵ寺を、元禄町絵図では北側に景徳けいとく寺・愛染あいぜん寺・大円だいえん寺、南側に松樹しようじゆ院・来迎らいごう寺・本覚ほんかく寺・宗賢そうけん寺・涅槃ねはん寺・成覚じようかく寺・大栄だいえい寺・大仙だいせん寺・長安寺・大雄だいおう寺・光厳こうごん寺・妙法寺・本行寺・妙勝みようしよう寺・顕性けんしよう寺の計一八ヵ寺を、宝永町絵図には北側に寿光じゆこう寺・愛染寺・大円寺、南側に松樹院・来迎寺・本覚寺・宗賢寺・涅槃寺・成覚寺・大栄寺・大仙寺・渓花けいか院・大竜だいりゆう寺・長安寺・大雄寺・光厳寺・福泉ふくせん寺・妙法寺・本行寺・妙勝寺・顕性寺の計二一ヵ寺、嘉永町絵図には北側に寿光寺・愛染寺・大円寺、南側に厳願寺・成道じようどう寺・本覚寺・宗賢寺・泰安たいあん寺・成覚寺・渓花院・長安寺・大雄寺・光厳寺・福泉寺・妙法寺・本行寺・妙勝寺の計一七ヵ寺を記す。なお万治町絵図には浄土宗寺院の区画はあるが、寺名は記載されていない。

「津山誌」によれば明治初年に存続していた寺は、天台宗大円寺、真言宗の愛染寺・光厳寺・福泉寺、臨済宗の寿光寺・大雄寺・宗堅そうけん寺・渓花院、曹洞宗長安寺、浄土宗の泰安寺・成道寺・本覚寺・成覚寺・栄巌えいがん寺、日蓮宗の妙法寺・本行寺・妙勝寺の一七ヵ寺、当時までに廃寺となった寺として臨済宗大仙寺、曹洞宗大竜寺、日蓮宗大乗だいじよう寺・顕性寺の四ヵ寺を記す。

西寺町
にしてらまち

[現在地名]天王寺区下寺したでら町一―二丁目

生国魂いくくにたま神社の西方の南北方向の道に西面し、生玉西寺いくたまにしてら町とも下寺町ともいう(宝暦二年の天王寺管内地図)。二四寺からなり、すべて浄土宗。「蓮門精舎旧詞」によると、天正一九年(一五九一)大覚だいかく寺、天正年中に源聖げんしよう寺・善福ぜんぷく寺、慶長九年(一六〇四)宗念そうねん寺、慶長年中に大蓮だいれん寺・称念しようねん寺・西往さいおう寺・宗慶そうけい寺・善龍ぜんりゆう寺・称名しようみよう寺・法界ほうかい寺・正覚しようがく寺・幸念こうねん寺がそれぞれ開基し、南北に延びる寺町街区が成立。

西寺町
にしてらまち

[現在地名]唐津市西寺町

唐津城下そう(内町・外町)の西側石垣の外堀に沿う。東寺町と同様、築城時に陣屋式御堂をもつ寺院を集めて作られた。歴代藩主菩提寺の近松きんしよう寺をはじめ、松原まつばら(廃寺)大乗だいじよう寺・大聖だいしよう院・長得ちようとく寺・浄土じようど寺が軒を並べ、松原寺のあとは自南じなん寺となっている。

薫風山自南寺は慶長八年(一六〇三)天沢の開山で臨済宗南禅寺派。明和八年(一七七一)虹の松原にじのまつばら一揆の首謀者として処刑された冨田才治が妻子と最後の別れをした場所で、境内の才治しやじ地蔵は才治の首を埋めた所と伝える。また御茶碗窯の陶工で俳人の中里日羅坊の墓がある。

名古屋山大乗寺は日蓮宗で、本尊は十界大曼荼羅。文禄元年(一五九二)加藤清正が京都本国ほんこく寺僧日儀に名護屋なごや(現東松浦郡鎮西町)陣中に創立させ、寛永一五年(一六三八)現在地に移築した。

西寺町
にしてらまち

[現在地名]静岡市大鋸町おおがまち常磐町ときわちよう二丁目

駿府城下の縦筋(縦町)第七行の両側町。北は大鋸町、南は寺町一丁目に続き、東は上大工かみだいく町。西側に浄土宗西福さいふく寺・玄忠げんちゆう寺がある(以上、町方絵図)。貞享三年(一六八六)の時之鐘鋳直集銭帳(県立中央図書館所蔵文書)によると、家数は丁頭家一・本家一一・借家四。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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