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諏訪原城 すわはらじょう

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日本の城がわかる事典の解説

すわはらじょう【諏訪原城】

静岡県島田市にあった戦国時代の山城(やまじろ)。国指定史跡。1570年(元亀1)、駿河国の平定を終えた武田信玄は徳川家康が支配していた遠江国への侵攻を開始した。その際、駿河と遠江の国境を流れる大井川の対岸(遠江領)に築いた橋頭堡(出城)が、この城の起源である。その後、武田勝頼の代の1573年(天正1)に、重臣の馬場信房により城が築かれた。諏訪原城の名前は、城内に諏訪大明神を祀ったことに由来するといわれる。長篠の戦いで武田氏が織田・徳川連合軍に大敗したのちの1575年(天正3)に、この城をめぐって武田氏と徳川氏で激しい戦いが繰り広げられたが、同年8月に落城、徳川氏の城となった。このとき、家康は周の武王が殷(いん)の紂王(ちゅうおう)を破った牧野(ぼくや)の戦いの故事にちなみ、牧野城と改名した。1582年(天正10)、武田氏が滅亡すると牧野城の存在意義が薄れ、1590年(天正18)に廃城となった。明治維新後、最後の将軍の徳川慶喜(15代将軍)が駿府に配されると、慶喜に従って駿府に移住した旧幕臣が、荒廃していた牧野城周辺に移住して開墾を行い、一帯を茶畑とした。このため、現在も城跡一帯は茶畑になっている。城の遺構は良好な状態で残っており、曲輪(くるわ)跡のほか甲州流築城術の特徴とされている丸馬出や三日月堀、枡形虎口などの遺構が残っている。JR東海道本線金谷駅から徒歩約20分。◇諏訪之原城、牧野城、牧野原城、扇城ともよばれる。

出典|講談社
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世界大百科事典内の諏訪原城の言及

【牧ノ原】より

…金谷町の台地端にある牧ノ原公園は展望に恵まれ,茶祖栄西禅師像が立つ。また公園北方の諏訪原城(史)は牧野原城ともよばれ,1575年(天正3)徳川家康と武田勝頼の攻防があった。【北川 光雄】。…

※「諏訪原城」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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