日本大百科全書(ニッポニカ) 「貴妃酔酒」の意味・わかりやすい解説
貴妃酔酒
きひすいしゅ
中国の京劇戯曲。物語は明(みん)の伝奇『磨塵鑑(まじんかん)』にみられ、戯曲は清(しん)代の呉鴻喜(ごこうき)の作といわれる。川(せん)、徽(き)、漢(かん)、桂(けい)、湘(しょう)、秦腔(しんこう)などの各地方劇にもこの劇目は存在する。楊貴妃(ようきひ)は百花亭で宴を張るが、約束の玄宗皇帝は現れず、寵(ちょう)を争う梅妃のもとへ行ったと知らされる。期待、得意の心情は一転、嫉妬(しっと)、怨恨(えんこん)、悲嘆に変わる。酔いしれた楊貴妃は煩悶(はんもん)を吐露し、侍女に支えられむなしく帰る。京劇の名女方(おんながた)梅蘭芳(メイランファン)はこの劇を路三宝(ろさんぽう)より学んだが、独自の改編創造を加え、宮廷貴婦人の気品や人間性を踏みにじられている後宮女性の複雑な心理を歌唱、舞踊などで典雅に表現し風格ある上演とした。1919年(大正8)の来日公演以来わが国でも絶賛を博した。梅(めい)派の舞台は夏慧華(かすいか)らにより継承されている。
[中野淳子]
『黎波訳『貴妃酔酒』(河竹繁俊他著『京劇』所収・1956・淡路書房)』