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高力士 こうりきしGao Li-shi; Kao Li-shih

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

高力士
こうりきし
Gao Li-shi; Kao Li-shih

[生]嗣聖1(684)
[没]宝応1(762)
中国,唐の宦官。本姓は馮。嶺南の蛮酋の曾孫といわれ,去勢して宦官高延福の養子となる。親王時代の玄宗に接近して韋氏打倒に活躍し玄宗の寵をうしろだてに権勢をふるい,皇太子も彼に兄事するありさまであった。王侯に等しい豪奢な生活をおくるなど,唐代の宦官跋扈のさきがけをなした。安史の乱が起ると,玄宗に随従して成都に逃れたが,上元1 (760) 年,同じ宦官の李輔国によって巫州に流され,やがて許されたが,帰京の途中死亡した。

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世界大百科事典 第2版の解説

こうりきし【高力士 Gāo Lì shì】

684‐762
中国,唐代玄宗朝の宦官(かんがん)。潘州(広東省)の人。即位前の玄宗に仕え,后や太平公主らを排除して玄宗が即位するのに大功があり,玄宗の寵を背景に権勢をほしいままにした。宇文融,李林甫,楊国忠,安禄山らはいずれも彼と結んで高位昇進を得た。安史の乱の際,玄宗の蒙塵に従って成都に至ったが,後輩宦官の李輔国により失脚させられた。のち許されて帰京の途次に没した。唐代の宦官による政権介入は高力士に始まる。【愛宕 元】

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大辞林 第三版の解説

こうりきし【高力士】

684~762) 中国、唐代の宦官かんがん。姓は馮ひよう。玄宗の寵愛をうけ権勢を振るったが、安史の乱で失脚。唐の郭湜の小説「高力士伝」がある。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

高力士
こうりきし
(684―762)

中国、盛唐の宦官(かんがん)。嶺南(れいなん)(広東(カントン)、広西地方)の出身で、15歳のころ去勢者として長安の宮中に送られ、宦官高延福の養子となり高氏を名のる。玄宗即位に際し太平公主一党を誅(ちゅう)するのに功をたてて深く帝の信任を得、四方からの上奏は彼が目を通してから帝に進められた。開元・天宝時代(713~755)を通じて内廷で並ぶ者のない勢威を誇り、李林甫(りりんぽ)、楊(よう)国忠、安禄山(あんろくざん)ら、宰相、将軍の栄進にもあずかって力あった。呂(ろ)氏を夫人とし養子を迎えたが、安史の乱が起こってのち、宦官李輔国(りほこく)の讒言(ざんげん)にあい巫(ふ)州(湖南省)に流された。許されて帰る途中、玄宗、粛宗の死を知り朗州(貴州省)で没したという。777年彼の碑が建てられ、また郭(かくしょく)は『高力士外伝』をつくった。[池田 温]

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