短期資本の国際的移動は普通、利子率や為替(かわせ)相場の変動による差益を得ることを目的に行われる。しかし、資本逃避はこうした積極的な収益の追求ではなく、資産の保全、安全性の確保、つまり不慮の資本損失を回避するための資本移動である。たとえば、ある国において平価の切下げ、為替管理の強化、インフレなどにより通貨価値の減価が予想される場合、または戦争の危惧(きぐ)、政治的不安により資産の凍結・没収などで資産の安全性が脅かされるおそれがある場合などに、通貨価値の安定したより安全な他国の通貨に乗り換えることがしばしば行われる。こうした資本逃避は、流動的で、かつ一時的に大量の資金移動がなされるので、為替需給に大きな変動を及ぼし、その国の国際収支に大きな負担を強いる。そしてまた、為替相場の変動・混乱によって国際金融市場の攪乱(かくらん)をもたらし、通貨の不安定化をよりいっそう促進する。
1930年代には、世界各国で通貨価値の不安定化が起こり、資本逃避がしばしば行われた。各国とも種々の対策を講じたが、日本でも1932年(昭和7)には資本逃避防止法を制定し、さらに翌1933年にはこれにかえて外国為替管理法を制定、資本逃避を取り締まるために厳しい為替管理を行った。第二次世界大戦後においても、ポンド危機、ドル危機などに際して資本逃避が行われ、その資金は投機的な資金とともにホット・マネーとして国際間を移動し、国際通貨不安を増幅する一要因となっている。
2008年9月、アメリカの証券会社リーマン・ブラザーズの倒産を機に、世界は金融危機と同時不況の深刻な経済危機に突入した。アメリカ国内の住宅バブルの崩壊とサブプライムローンの破綻(はたん)によって大きな損失を被ったアメリカ資本は、損失の穴埋めと投資先の不良債権化を恐れていっせいに本国に資本を引き上げ、逃避を始めた。外国資本に大きく依存して発展してきたアイスランドやハンガリーなどの新興国は、資本流出・逃避により国家破綻の危機にみまわれた。
[秋山憲治]
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(絹川直良 国際通貨研究所経済調査部長 / 2007年)
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