四職(読み)ししき

精選版 日本国語大辞典「四職」の解説

し‐しき【四職】

〘名〙
① 令制で、左京職右京職・大膳職(だいぜんしき)・修理職(しゅりしき)の総称。ししょく。
室町幕府侍所長官である所司に任ぜられた四家をいう。山名一色京極赤松の四家。三管領と並称された。ししょく。四殿衆。四職衆。
※文安年中御番帳(1444‐49頃か)「四職、一色左京大夫、山名右衛門督入道、佐々木治部少輔〈京極殿御事〉、赤松、以上」

し‐しょく【四職】

〘名〙
※運歩色葉(1548)「四識 しショク 右京、左京、修理、大膳」
② =ししき(四職)②〔書言字考節用集(1717)〕

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旺文社日本史事典 三訂版「四職」の解説

四職
ししき

室町幕府侍所 (さむらいどころ) の所司 (しよし) に任じられる家柄の4氏
「ししょく」とも読む。所司は初め今川・細川・山名ら有力諸将から選ばれたが,1398年からは山名・赤松・一色・京極の4氏に定まり,四職と呼んだ。武士進退,京都の警備などをつかさどり,三管領につぐ重職。応仁の乱(1467〜77)後名目化し置かれなくなった。

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世界大百科事典 第2版「四職」の解説

ししき【四職】

室町時代の武家の家格。三管領に次ぐ有力守護家のうち,侍所頭人(とうにん)を出した4家を指す。室町幕府の侍所は南北朝後期以降,主として山名,土岐,赤松,京極,畠山,一色の6家から交替で就任していたが,1398年(応永5)畠山氏が管領家に昇格した結果,残余の5家から頭人を出した。なお美濃守護土岐氏は1439年(永享11)以後侍所に任された徴証がなく,また赤松氏も嘉吉の乱(1441)で没落したので,以後は京極,一色,山名の3家となり,実際に4家が恒常的に頭人を出した安定期間というのはなかった。

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世界大百科事典内の四職の言及

【近江国】より

…とくに京極高氏(佐々木道誉)は足利尊氏を助けて室町幕府の創設に功績があり,京極氏は近江北部での強力な支配権を認められ,南部の六角氏と拮抗するようになった。高氏の子の秀綱,高秀はすでに南北朝時代に侍所頭人(所司)となっていたが,室町時代に入ると,頭人には京極氏のほか,赤松,一色,山名の諸氏が交代で就任することになり,四職といわれ,管領につぐ重職となった。京極氏が幕府の中枢に連なったのに対し,六角氏は幕府から警戒されていた。…

【佐々木高氏】より

…その功により36年(延元1∥建武3)東近江の守護となったのを手はじめに,若狭,出雲,上総,飛驒,摂津の守護(比較的短期の場合が多い)となり,近江柏原,伊吹,甲良荘以下各地に所領を宛行あるいは安堵され,さらに2度にわたって幕府の政所執事をつとめた。京極氏がのち幕府四職家の一つとなる基礎は高氏によって築かれたといえる。とはいえ,その過程は容易ではなかった。…

【山名氏】より

…南北朝・室町時代の守護大名(図)。室町幕府の四職(ししき)家の一つ。上野国山名郷を名字の地とする新田氏一族(義重の子義範が祖)であるが,元弘の乱で山名政氏,山名時氏父子は足利高氏(尊氏)に従い活躍する。…

※「四職」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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