内科学 第10版 「赤血球酵素異常症」の解説
赤血球酵素異常症(先天性溶血性貧血)
赤血球酵素異常による遺伝性溶血性貧血は,赤血球機能を保つうえで重要な酵素の質的ないし量的な異常により起こる疾患である.グルコース-6-リン酸脱水素酵素異常症(glucose-6-phosphate dehydrogenase(G6PD) deficiency),ピルビン酸キナーゼ異常症(pyruvate kinase(PK)deficiency)の頻度が高いが,その他,解糖系,五炭糖リン酸回路,グルタチオン代謝・合成系,ヌクレオチド代謝に関連した約17種の酵素の異常によるものが見いだされている(表14-9-13).症例数が多いのはG6PD異常症とPK異常症で,ついでピリミジン5′-ヌクレオチダーゼ異常症,グルコースリン酸イソメラーゼ異常症となる.
赤血球酵素異常症の病因は多くはミスセンス変異であるが,ナンセンス変異,塩基欠失,塩基挿入,異常スプライシングやプロモータ変異の例もある.これらの分子異常により,一次構造が正常とは異なる異常酵素の産生により,酵素としての機能が低下するか,あるいは酵素分子が不安定なために早期に失活してしまい,結果として赤血球代謝に破綻をきたし溶血に至る.ただし,アデノシンデアミナーゼ(adenosine deaminase:ADA)活性亢進による遺伝性溶血性貧血は例外で,構造上正常な酵素蛋白の過剰産生による.
a.グルコース-6-リン酸脱水素酵素異常症
(glucose-6-phosphate dehydrogenase(G6PD)deficiency)
概念
G6PDは五炭糖リン酸回路の最初の反応に関与し,NADPをNADPHに還元し,還元型グルタチオン(GSH)量を一定に保つことにより,赤血球内の諸蛋白を酸化から防御する重要な酵素である.G6PD異常症は構造上正常とは異なる酵素(変異酵素)の産生によって起こるX連鎖劣性遺伝性疾患である.変異酵素の性質により五炭糖リン酸回路の障害の程度はさまざまであり,臨床症状も無症状の例から慢性溶血を呈する例まであるが,感染後や解熱薬,サルファ剤,マラリア治療薬などの服用後に急性溶血発作を起こすのが特徴である.
疫学
世界で4億人以上がG6PDの異常遺伝子をもつと考えられ,本症は最も頻度の高い赤血球代謝異常症である.G6PD異常症の頻度の高い地域はマラリアの濃厚な浸淫地と一致する.わが国におけるG6PD異常症の頻度は約0.1%と非常に低く,臨床症状を伴う例はさらにまれである.
本症はX連鎖劣性遺伝によるため,臨床上問題となるのはヘミ接合(hemizygote)の男性にほとんど限られる.女性でもホモ接合(homozygote)の場合は症状を呈すが,まれである.
病因
G6PD異常症においては,五炭糖リン酸回路が代謝の変化に対応して進まず,GSHの低下ないしはそれを一定に保つことができず,赤血球諸構成蛋白の酸化,特にヘモグロビン(hemoglobin:Hb)の変性によりHeinz小体を形成する.Heinz小体は脾の網内系細胞で除去されるが,この過程で血管内溶血(intravascular hemolysis)を起こすか,あるいは膜の一部を欠き(bite cell),小型球状赤血球(microspherocyte)となり,可変性を失い溶血に至る.
臨床症状
G6PD異常症の臨床症状は変異酵素の性質によりさまざまである.多くの例では表14-9-14に示したような薬剤の服用後,細菌やウイルス感染後,糖尿病性アシドーシス後にコーラ様色調を呈するヘモグロビン尿を伴って,黄疸と貧血が増強する急性溶血発作を生じるのが特徴である.さらに,高度な活性低下と不安定な変異酵素では平常時も慢性溶血を伴う.
診断
慢性溶血を伴う例では正球性貧血,網赤血球増加,間接ビリルビンの増加,ハプトグロビンの低下がみられるが,多くの例では通常の血液・生化学検査では異常は認められず,感染ないし薬剤服用後に急速にHbが3~4 g/dL低下する急性溶血発作が特徴的である.確定診断は,赤血球酵素活性の測定によりなされる.
治療
症状そのものは一般に軽度で,治療を要しない例が多い.むしろ異常酵素の検索により溶血発作を起こす危険性のある患者には,溶血惹起薬剤名を教えて服用しないようにすることが,ときに重篤な腎不全を呈することのある急性溶血発作の予防上大切である.輸血は骨髄の低形成発作(aplastic crisis)を伴う場合以外は通常必要ではない.G6PD異常による新生児溶血性疾患で高ビリルビン血症を呈する例では交換輸血の対象となる.
b.ピルビン酸キナーゼ異常症(pyruvate kinase(PK)deficiency)
概念
PKは解糖系の最終段階に近い部位を触媒し,ATPを産生する重要な酵素である.本酵素異常は解糖系のなかでは最も頻度が高い.病因は種々な分子異常により機能的に働きの悪い変異酵素が産生されることによる.このために解糖の流れが悪くなり,ATPの産生低下によりエネルギー代謝に破綻をきたし,溶血に至る.
疫学
本症は特に北欧ないし地中海沿岸の出身者に頻度が高い.遺伝形式は常染色体劣性遺伝であるので,血族結婚の両親をもつ子に発症することが比較的多い.臨床的に症状を呈するのはホモ接合ないしは異なる2つの異常遺伝子の複合ヘテロ接合(compound heterozygote)であり,わが国においては20%がホモ接合,80%が複合ヘテロ接合である.
病因
PK分子の異常により,PKのステップで解糖の流れが悪くなるために,上位の中間体であるphosphoenolpyruvate,2-phosphoglycerate,3-phosphoglycerate,2,3-diphosphoglycerate(2,3-DPG)の蓄積とATPの低下が起こる.2,3-DPG増加の結果としてHbの酸素解離曲線は右方に偏位し,P50(酸素飽和度50%における酸素分圧)が低下するため,組織への酸素の供給はよく,貧血のわりには臨床症状は軽い傾向にある.PK異常赤血球の溶血の機序は解糖系の障害によりATPの産生が低下し,K+の放出が起こり,脱水により赤血球は金米糖状の有棘赤血球(echinocyte),脱水赤血球(desiccyte)となり,変形能を失い,脾内の網内系細胞に捕捉されることによると考えられる.
臨床症状
貧血,黄疸,脾腫,胆石症と慢性溶血性貧血の一般症状を呈し,貧血は感染などのストレスで増強する.ときに骨髄の低形成発作もみられる.乳幼児期に死亡する重症例,新生児黄疸が著明で交換輸血を必要とし,その後も頻回な輸血を必要とする例から,よく代償された貧血で成人になってやっと発見される例まで,変異酵素の性質によりさまざまである.
検査成績
検査成績では正球性貧血(Hb 6~12 g/dL)で,ときに有棘赤血球がみられることがある.網赤血球数は2.5~15%と増加し,摘脾後は50%以上になることもまれではない.さらに,間接ビリルビンの増加,ハプトグロビンの低下,ヘモジデリン尿が認められる.骨髄では赤芽球系過形成像がみられる.
診断
診断は直接,赤血球PK活性を測定することによりなされる.一般にホモ接合例では,PK活性が正常の5~25%に低下している場合が多い.
治療
遺伝性球状赤血球症にみられるほどの臨床的寛解は得られないにしても,摘脾によりHb濃度にして2 g/dL程度の上昇が期待できるので,頻回な輸血を要し,ヘモジデローシスなどの危険性の高い例では摘脾の適応となる.
c.その他の赤血球酵素異常症
解糖系酵素の異常による遺伝性溶血性貧血はPK異常症以外に,表14-9-13に示すように7種の酵素異常症が発見されている.解糖系の酵素異常症の臨床症状および溶血機序はPK異常症とほぼ同様であるが,溶血以外の他臓器症状を伴う場合もある.ホスホフルクトキナーゼ異常症は異常のあるサブユニットの違いにより,筋症状が主徴で溶血は軽度(糖原病Ⅶ型,垂井病)である症例も存在する.三炭糖リン酸イソメラーゼ異常症やホスホグリセリン酸キナーゼ異常症では溶血以外に精神・神経症状や筋症状を伴う.
Rapoport-Luebering回路のジホスホグリセリン酸ムターゼ異常症では2,3-DPGの著減により,ヘモグロビンの酸素親和性の増加と赤血球増加症がみられるが,溶血は認められない.
グルタチオン代謝系ではグルタチオン還元酵素とグルタチオンペルオキシダーゼ,グルタチオン合成系ではグルタチオン合成酵素とグルタミルシステイン合成酵素の4種の酵素異常症が知られている.これらの酵素異常症の臨床症状ならびに溶血の機序は本質的にはG6PD異常症と同様で,薬剤惹起性溶血が共通の特徴である.
ヌクレオチド代謝の酵素異常症にはアデニル酸キナーゼ異常症(adenylate kinase(AK)deficiency),ピリミジン5′-ヌクレオチダーゼ異常症(pyrimidine 5′-nucleotidase(P5N)deficiency),ADA活性亢進による遺伝性溶血性貧血の3種がある.AK異常症ではアデニンヌクレオチドの急激な濃度変化に対処できないことが溶血の一因と考えられる.P5N異常症は比較的頻度が高く,赤血球酵素異常症のなかでは例外的に末梢血塗抹標本に特徴があり,好塩基性斑点(basophilic stippling)を呈す.溶血機序は赤血球内に著しく増加したピリミジンヌクレオチドがアデニンヌクレオチド(ATPやADP)と競合して,解糖が障害されることによる.ADA活性亢進による遺伝性溶血性貧血は,構造上正常な酵素蛋白の百数十倍にも及ぶ過剰産生による.溶血機序はアデノシンがイノシンに過剰に脱アミノ化され,アデノシンキナーゼによるAMPへの転換の低下,ひいてはATPの産生低下による.[藤井寿一]
出典 内科学 第10版内科学 第10版について 情報