翻訳|glycolysis
高等動植物とほとんどの微生物で行われるグルコースから乳酸への嫌気的代謝経路をいう。グルコースはリン酸化中間体を経て乳酸を生成する。広義には糖類がこの経路でピルビン酸となる分解過程を一般的にいう。肝臓や筋肉ではグリコーゲンが基質となる。単糖ではグルコースのほか、フルクトース、ガラクトース、マンノースも用いられる。生物がグルコースからエネルギーを得るもっとも古い起源の基本経路で、好気的な分解への予備経路となっている。好気条件下ではピルビン酸からTCA回路に入り酸化される。
に示す1から11にわたる反応で全体の反応式は次式となる。
グルコース(C6H12O6)2乳酸(C3H6O3)
ピルビン酸までの代謝経路は酵母のアルコール発酵と共通で、解糖とアルコール発酵は互いに関連して研究が進められた。解糖系は最初に明らかにされた酵素系として、その後の酵素系研究の基礎となった。歴史的には19世紀末、ドイツのブフナーによる酵母無細胞系のチマーゼの発見(1892)に始まり、イギリスのハーデンとヤング、スウェーデンのオイラー・ケルピン、ドイツのエムデン、マイヤーホーフとワールブルク、アメリカのコリ夫妻、ポーランドのパルナスJ. K. Parnasら各国の偉大な生化学者によって、1940年ころまでにほぼ現在の経路が確立された。なかでも解明に力のあった研究者の名をとって、エムデン‐マイヤーホーフ経路ともいわれる。
解糖系の酵素は細胞質の溶性画分に存在し、ほとんどが高度に精製、結晶化され、性質も明らかとなっている。解糖には無機リン酸、マグネシウムイオンMg2+とカリウムイオンK+、補酵素NADとADPなどが必要で、フッ化物、モノヨード酢酸、重金属などで阻害され、その作用箇所も知られている。
解糖系は2段階に分けられ、第1段階はグルコースや他の糖がATP(アデノシン三リン酸)を消費してリン酸化され、グリセルアルデヒド-3-リン酸となる始動段階である(反応5まで)。第2段階ではNADの還元を伴う無機リン酸の取り込みがあり、高エネルギーリン酸中間体を経てATPが生成される。第1段階でグルコース1分子当り2分子のATPを用い、第2段階で4分子のATPを生成するので、差し引き2ATPができる。解糖で得られるATPとしてのエネルギーは、TCA回路で得られるものよりずっと少ないが、筋肉のような嫌気的な組織で短時間にエネルギーを得る方法として重要である。
解糖系の反応は大部分可逆的であるが、1、3、10の反応は生理的条件では不可逆である。筋肉で過剰の乳酸が蓄積すると、乳酸は肝臓に戻されてふたたびグルコースが合成される。この際、10は他の迂回路(うかいろ)で、3、1は別の酵素で反応が進む。解糖の逆行によるグルコースの合成はグルコース新生といわれる。
3は、調節機能をもつ酵素フォスフォフルクトキナーゼで触媒され、解糖系全体の反応速度を左右する主要な律速段階である。この酵素はATP、クエン酸、脂肪酸で阻害され、AMP、ADPで促進される。これは、好気的条件下でATPの供給が十分なときには解糖系が抑制されることを示す。19世紀にパスツールが酸素の存在下でアルコール発酵が抑制されることをみいだし、その現象の普遍性からパスツール効果として興味をもたれたが、この調節酵素の存在でほぼ説明された。
解糖系はホルモンによっても間接的に調節を受け、血液中のグルコース量(血糖)が一定に保たれている。膵臓(すいぞう)のホルモンであるインスリンはグルコースのグリコーゲンや脂質への転化を促進して血糖値を低下させる。逆にグルカゴンとエピネフリンはグリコーゲンの合成を停止し、分解を促進して血糖を上昇させる。この際ホルモンは、作用物質である環状AMPを介してフォスフォリラーゼ( の1')を不活性型から活性型とし、グリコーゲン合成酵素(-1')を不活性型とする。
[池田加代子]
『江上不二夫著『生化学』(1975・岩波全書)』▽『A・L・レーニンジャー著、中尾眞監訳『生化学 上』(1977・共立出版)』▽『入野勤他著『コメディカルのための生化学』(1997・三共出版)』▽『栃倉辰六郎他監修、バイオインダストリー協会発酵と代謝研究会編『発酵ハンドブック』(2001・共立出版)』
グルコースまたはグリコーゲンをピルビン酸に転換させる生体反応系のことで,すべて嫌気条件下で進行するが,好気性生物においては,生成したピルビン酸がクエン酸回路で代謝される前段階に位置する。サイトソール(細胞質基質に相当する細胞の分画成分)で進行する10の反応は次の順序で進行する。(1)グルコースはリン酸化,異性化,そして第2のリン酸化反応によってフルクトース-1,6-二リン酸となる。これらの反応でグルコース1molあたり,2molのATP(アデノシン三リン酸)が消費される。(2)フルクトース-1,6-二リン酸はアルドラーゼの作用でジヒドロキシアセトンリン酸とグリセルアルデヒド-3-リン酸に開裂し,後者は酸化とリン酸化の反応で1,3-ジホスホグリセリン酸に変わる。次に3-ホスホグリセリン酸が生成し,1molのATPが合成される。(3)1,3-ジホスホグリセリン酸と並んで高エネルギーリン酸化合物であるホスホエノールピルビン酸が次にリン酸基の転位と脱水反応によってつくられ,この化合物がピルビン酸に分解するとともに1molのATPが合成される。こうして1molのグルコースから2molのピルビン酸が生成するとともに,2molのATPが合成されることになる。グリセルアルデヒド-3-リン酸の酸化反応の電子受容体としてはNAD⁺(ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド)が用いられるが,解糖反応の進行のためにNADHからNAD⁺を再生しなければならない。嫌気条件下では酸素は使えないので,ピルビン酸を乳酸に還元する最後の反応でNAD⁺を再生することになる。酵母におけるアルコール発酵も同様な意味をもっている。解糖の生理的役割は二つあり,その一つは上に述べたようにエネルギーの産生であるが,他の一つは,生体物質の供給である。これら二つの役割を円滑に遂行するために,解糖の律速段階に位置する(全反応過程の進行過程を支配する)酵素反応は,平衡がはなはだしく一方に片寄っており,しかもアデニンヌクレオチドなどのアロステリックな活性調節を受けている。典型的な代表はヘキソキナーゼ,ホスホフルクトキナーゼ,ピルビン酸キナーゼである。ホスホフルクトキナーゼは高濃度のATPおよびクエン酸によって阻害され,AMP(アデノシン一リン酸)によって活性化される。ヘキソキナーゼはグルコース-6-リン酸によって阻害され,またピルビン酸キナーゼはATPによって阻害されるが,これらの調節は,エネルギーや物質の供給の適正を期するための,きわめて合目的的な自動調節機構といえる。近年,解糖系の多くの酵素について次々にX線回折による結晶構造の解析が推進され,デヒドロゲナーゼにおけるNAD⁺結合部位や,いくつかの酵素におけるATPの結合部位の構造上の共通性が見いだされ,比較生化学の立場からも注目されている。
執筆者:徳重 正信
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グリコリシスともいう.動物の組織細胞が行うグリコーゲンからピルビン酸を経て,乳酸を生じる異化作用である.細菌などの行うグルコースから乳酸を生じる乳酸発酵も,出発物質は異なるが,その過程は同じである.狭義には,グルコースからピルビン酸までの代謝系をいう.反応過程を図に示す.乳酸発酵とアルコール発酵では,グルコースからピルビン酸生成までの過程はまったく同じであり,酸素の存在を必要としない.これらの多段階の反応を触媒する酵素群をチマーゼと総称し,反応の進行にはチマーゼ,ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド(NAD),アデノシン5′-三リン酸(ATP)またはアデノシン5′-二リン酸(ADP),Mg2+,無機リン酸を必要とする.解糖はエネルギー獲得の重要な無気呼吸の一つで,解糖によってグリコーゲンのグルコース残基1個当たり3 ATPが獲得され(アルコール発酵は2 ATP),これは筋肉の伸縮,種々の物質の合成,そのほかのエネルギーを必要とする生理作用に使用される.さらに解糖によって生じた乳酸は酸素呼吸によって,ピルビン酸,アセチルCoAを経て,トリカルボン酸サイクルに組み込まれて消費され,多量のエネルギーを生じる.
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…ここからかえって,酸素は全身末梢組織に分配されるはずだとの正しい見通しが生まれた。 20世紀初めのエネルギー代謝の研究は,酸素を用いない解糖,発酵を中心にしていたが,有機酸から水素を奪う脱水素酵素の作用も,1920年代から明らかになる。呼吸とは酸素が直接に基質を〈燃やす〉のではなく,基質から奪われた水素が酸素と出会うことであるとの理解が,こうして整ってきた。…
…われわれの栄養素として最も重要な糖,脂質,タンパク質,そしてさらに種の保存と遺伝情報の発現,伝達に不可欠な核酸を中心に整理すると次のようになる(図2)。 (1)解糖 グルコースが嫌気的に分解して,ピルビン酸,ATP,NADH各2分子を生成する経路で,主として細胞質で進行し,各種生体物質の生合成に必要な炭素骨格の供給と,エネルギー源としてのATPの生産を行う。(2)クエン酸回路(TCA回路) 解糖系につづく好気性のエネルギー代謝回路で,主としてミトコンドリアで営まれる。…
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出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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