改訂新版 世界大百科事典 「軍事化」の意味・わかりやすい解説
軍事化 (ぐんじか)
軍事化militarizationという概念が,軍国主義militarismと区別されて使われることが多くなったのは,1970年代以降であり,とくに平和研究peace researchの分野においてである。軍事化という場合に,単に軍事力や軍事費の増大を指すこともあるが,より広く,社会(国際社会を含む)における価値配分の方法・様式として強権・物理的強制力に依拠する度合が高まる傾向や過程を指す概念として用いるほうが有用である。
近代の軍国主義は,第1次大戦前のドイツと,1930年代から第2次大戦中にかけての日本を典型とするというのが,国際的に広く受けいれられた認識であり,この場合には,国家の対内・対外両面において軍事的価値が優位するシステムを指すのが普通であった。したがって日本の敗戦と非軍国主義化とともに,軍国主義は現代的問題としては消えたかのように考えられた。しかし,典型的な軍国主義とはちがっていても,軍事化は現代の重要問題であるという認識が,やがて生まれてくるようになった。
それは第1に,東西冷戦の激化とともに,先進国の対外的軍事化が急速に進んだことによる。かつて軍国主義を否定する点で一致していた西側の自由民主主義国と東側の社会主義国とのいずれもが,軍備や軍需生産の肥大化傾向,それに並行する対外政策での軍事的・権力政治的判断基準の優越化傾向を顕著に示すようになった。時とともに深刻化してきた東西の軍拡競争が,その集約的な現れである。こうした対外関係の軍事化の一因は,国際政治がアナーキーの側面をもつという事実にある。この事実そのものは新しいものではないが,現代ではこの対外的軍事化が,単に伝統的・在来型の軍隊の保有にとどまらず,核兵器という,相手国ひいては全人類を抹殺できる空前の破壊力を伴うことになった点で,まったく新しい事態を生じた。ここに,国内体制が典型的軍国主義ではなくても,対外的軍事化そのものを問題とする必要が切実に認識されるようになった現代的な理由がある。
もちろんこうした対外的軍事化は国内体制にも影響を及ぼさざるをえない。アメリカについては〈兵営国家garrisonstate〉化,〈国防国家national security state〉化に伴う民主主義の空洞化の危険が指摘され,ソ連についても警察国家の強化傾向がみられた。しかし古典的軍国主義のような,国内での軍事的価値への決定的従属にはいたっていない。その意味で,これら先進国,とくに西の先進国の場合には,軍事化は第一義的には対外的という性格をもつ。
第2に,第2次大戦後独立したほとんどすべての国で,1960年代以降,続々と対内的軍事化が進行した。これらの国々は,帝国主義・植民地主義という抑圧システムからの民族の解放を目ざす点で一致していたのであるが,独立達成後,対内的軍事化が強まり,民衆の解放を要求する勢力や運動を抑圧するシステムという性格を濃くすることになった。時とともに低開発地域で広がっていった軍事クーデタ,軍事政権がその集約的な現れであるが,形式的に文民が支配している場合にも,強権支配の実質は変わらない。これら新興諸国の多くは,対外的に典型的軍国主義のような攻撃的行動をとるわけではなかった。しかし,解放を旗印に掲げた新興諸国のほとんどが強権的抑圧体制を生み出したという事実は,対内的軍事化そのものを問題とする必要を広く認識させることになった。
もちろんこうした対内的軍事化が,対外政策に影響をもたらさなかったわけではない。多くの国で,対内的軍事化を正当化するために〈国家安全保障〉というシンボルが使われ,国内での軍部の強化は対外的軍事力の強化につながり,途上国間の軍備競争も発生した。しかし先進軍事大国の介入がないかぎり,これらは局地的な規模ないし周縁的な性格にとどまるのが普通であって,古典的軍国主義とは異なる。その意味で途上国の軍事化は第一義的には対内的なものである。
こうした途上国の軍事化の過程で生まれる強権的支配体制は,伝統的な専制政治とは異なり,むしろ伝統社会を崩壊させて進行する経済開発,とくに急速な工業化や都市化と並行して登場する。経済開発を軸とする〈近代化〉の始動とともに,貧富の格差が増大すること,またそれに伴う民衆の不満や抵抗を抑えこむために,伝統社会におけるよりはるかに近代化された軍,警察,情報機関等による組織的抑圧の体制が形成されるという傾向が一般的にみられる。
このように開発や〈近代化〉との関連で対内的軍事化に光を当てるという視点に立つならば,対内的軍事化は決して現代の途上国に特有な問題ではないことがわかる。たとえば軍国主義とは最も遠い例として自他ともに認めることの多かったイギリスの場合にも,〈近代化〉の始動の時点でクロムウェルが〈New Model Army〉を軸にした軍事政権を樹立し,対外的にもアイルランドの植民地化を行った。フランスでも〈近代化〉の過程で,ナポレオンが一種の軍事政権を樹立し,対外的にも巨大な帝国を打ち建てた。ただこうした先発先進国の場合は,植民地など外部からの価値の収奪が容易であったため,国内の開発独裁や開発強権政治は短期に終わることができた。しかし,今日の途上国は,外に植民地をもつことはできないのに加えて,自国の開発だけでなく,先進国の経済成長の下請けという二重の重荷を負う立場におかれている。それだけに,開発強権体制という対内的軍事化の根は深い。
またこうした視点からみれば,社会主義国の強権政治も,後発国が経済開発を強行する過程で生じた対内的軍事化の現れと考えることができる。だとすれば,いわゆる〈東西対立〉も,西の先発国と東の後発国との対立であり,〈南北ギャップ〉の一形態とみることもできる。
したがって軍事化という概念は,東西対立と南北格差との双方を歴史的な変動過程として統一的に理解するうえで,一つの有用なカギとなりうるといってよい。また軍国主義と軍事化とを区別することは,たとえば〈日本に軍国主義が復活したか〉といった問題提起から生じやすい議論の混乱を避けるのにも役立つ。さらに,〈軍国主義復活〉がなくても軍事化は進行しうること,また軍事化は過程であるから,それを早期にくいとめることが必要であり可能であることを示唆する点でも有用である。
→軍拡 →軍国主義 →軍縮 →世界政治
執筆者:坂本 義和
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報