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運敞 うんしょう

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

運敞 うんしょう

1614-1693 江戸時代前期の僧。
慶長19年10月19日生まれ。京都智積院(ちしやくいん)の日誉,元寿らに師事。奈良や比叡(ひえい)山でもまなぶ。名古屋長久寺,江戸円福寺の住持をへて寛文元年智積院7世。真言宗智山派の学問を振興させた。元禄(げんろく)6年9月10日死去。80歳。大坂出身。俗姓は藤原。字(あざな)は元春。号は泊如。著作に「性霊集便蒙(しょうりょうしゅうべんもう)」「大日経疏啓蒙(だいにちきょうしょけいもう)」など。

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朝日日本歴史人物事典の解説

運敞

没年:元禄6.9.10(1693.10.9)
生年:慶長19.10.19(1614.11.20)
江戸前期の真言宗の僧。智山派最大の学匠。大坂出身。16歳で出家し,智積院の日誉,元寿に師事。醍醐寺の寛済らからも密教を修学。また師を求めて華厳,法相,天台なども学ぶ。寛文1(1661)年智山第7世能化(学頭)に就任。綱紀を粛正し,将軍家綱や後水尾上皇の帰依を受け,智山派黄金時代を築いた。彼自身も文献学や実証研究に優れ,特に『性霊集』や『三教指帰』の研究は最高水準を示す。霊力も抜群で,寛文8(1668)年の大旱魃に雨を祈り成就したという。著書は『大疏啓蒙』『性霊集便蒙』など200巻以上。弟子に信盛,寛海などがいる。<参考文献>高井観海『運敞僧正伝』

(正木晃)

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

運敞
うんしょう
(1614―1693)

江戸初期の真言宗の僧。字(あざな)は元春(げんしゅん)、号は泊如(はくにょ)。大坂の人で、俗姓は藤原氏。16歳で出家し、智山(ちざん)派(智積院(ちしゃくいん))の日誉(にちよ)に顕密(けんみつ)二教を学ぶ。さらに多くの師に就いて三論、法相(ほっそう)、華厳(けごん)、天台を学ぶ。智山派の第一座を経て、1661年(寛文1)に智山派第7世能化(のうけ)(総主)となる。将軍徳川家綱(いえつな)の帰依(きえ)を得て寺域を贈られ、また後水尾(ごみずのお)上皇の命により仙洞(せんとう)(御所(ごしょ))で経論の問答議論を行うなど、智山派の学風の樹立、高揚に寄与し、「近代師」と尊称された。著書に『大疏第三重啓蒙(だいしょだいさんじゅうけいもう)』59巻をはじめ多数ある。また漢詩文に詳しく、『性霊集(しょうりょうしゅう)』を講じて名声があがった。門下に信盛(しんせい)、宥鑁(ゆうばん)、覚眼(かくげん)などを輩出した。[吉田宏晢]

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