日本歴史地名大系 「野口駅」の解説
野口駅
のぐちのえき
現玖珂町の東部に野口という地名が現存する。玖珂盆地の東北端部で、近世にも野口という小名が残り、玖珂本郷七組の一つとして野口組があった。山陽道が安芸国から周防国に入って、最初の駅は
「延喜式」(兵部省)の「諸国駅伝馬」の山陽道のうちに、「周防国駅馬、石国、野口、周防(中略)各廿疋」とあり、「続日本紀」天平元年(七二九)四月三日条に「為造山陽道諸国駅家、充駅起稲五万束」とあるので、天平元年駅は整備したものとみえるが、大同二年(八〇七)には、太政官符をもって、「応減省駅馬参佰肆拾疋事(中略)周防国十駅五十疋(中略)駅別減五疋、以十五疋為定者」(類聚三代格)とあるので、早くも衰退に向かったようにみえる。
野口駅
ののくちのえき
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報