改訂新版 世界大百科事典 「闘斧」の意味・わかりやすい解説
闘斧 (とうふ)
斧状の刃部をもつ打撃または投擲(とうてき)用武器。バトル・アックスbattle axeともいう。石製品と金属製品とがある。伐採や加工用,土掘用の斧とは別に,格闘専用具として製作された闘斧は,前4000年ごろ(炭素14法年代による。以下同じ)メソポタミアに出現している。磨製の石製品あるいはそれを模造した土製品で,中央に柄を挿入するための円孔が貫通し,両端が斧状刃部,または一端が刃部で他端が槌状になっている。この系譜に連なる闘斧は,以後広くユーラシア大陸に分布するが,とくに注目されるのは,前2000年代に東はボルガ川から西はライン川,北は北欧から南はスイスに至る地域に分布する磨製の石製闘斧である。この闘斧は縄を押しつけて帯状に文様をつけた壺形土器を特徴とする縄目文土器文化および同系統の文化に属し,円形墳に埋葬された男性の副葬品となっている。これらの文化では,農耕とともに牧畜が盛行し,車と馬を伴うなど共通するところが多く,闘斧文化の名称で統括されることがある。この闘斧文化は,とくに両次大戦間の時期における研究で,ゲルマン民族(ゲルマン人)との関連が説かれ,その起源とヨーロッパにおける拡散の問題を論ずる際の重要な拠りどころとなり,大いに関心をひいた。
石製闘斧以後も,ヨーロッパでは実用または儀仗用の,青銅あるいは鉄製の闘斧の製作使用が続けられ,中世フランク族の用いた鉄製闘斧フランシスクfransiskに連なり,さらには闘斧と槍先とが結合した形状をとる武器アラバルダalabardaは,ローマ教皇の護衛兵の儀器として現在も使われている。これら西方の闘斧に対して,中国には鉞(えつ)がある。殷・周時代ではおもに青銅製で,武器または斬首用具として発達し,しだいに装飾を加え,王の親征または出陣を象徴する儀器と化し,漢代以後は衰退する。この鉞の祖型は,新石器時代に広くみられる扁平有孔磨製石斧にある(石斧)。それらは,扁平な長方形の一短辺を刃部とし,他の短辺は木柄にうがった穴のなかに挿入する形状をとり,本体の円孔は,闘斧を柄に緊縛する紐を通すためのものである。西方の闘斧が両端を打撃部とし,本体の円孔のなかに柄を挿入するのとは原理を異にする。ただし中国の闘斧も,男性の墓の副葬品となる。このほかに闘斧としては,アメリカ・インディアンのトマホークが有名で,実用であるとともに儀式用ともなる。日本には本格的な専用の闘斧はなかった。
→斧
執筆者:田中 琢
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報