日本大百科全書(ニッポニカ) 「電子伝達系阻害剤」の意味・わかりやすい解説
電子伝達系阻害剤
でんしでんたつけいそがいざい
殺菌剤を病原菌の標的との相互作用で分けたときの分類の一つ。細胞内小器官のミトコンドリアは、標準酸化還元電位の低いNADH(還元型のニコチン酸アミドアデニンジヌクレオチド)やFADH2(還元型のフラビンアデニンジヌクレオチド)から、もっとも標準酸化還元電位の高い酸素に電子を伝達する(電子伝達系)ことにより、アデノシン三リン酸(adenosine triphosphate:ATP)とよばれる生体エネルギーを生合成している。電子伝達系は、複合体Ⅰ、Ⅱ、Ⅲ、ⅣおよびⅤから構成されている。電子伝達系阻害剤は、電子伝達系のそれぞれの複合体で電子の伝達を阻害し、病害防除効果を発揮する。
電子伝達系阻害剤には、複合体Ⅱの阻害剤(アニリド系およびピロール系)、複合体Ⅲの阻害剤(硫黄(いおう)、ストロビルリン系、シアノイミダゾール系およびフェニルベンジルカルバミン酸系)および脱共役剤(ピリジナミン系)がある。
[田村廣人]
複合体Ⅱ阻害剤
複合体Ⅱの阻害剤であるアニリド系およびピロール系殺菌剤は、電子伝達系とTCA回路(トリカルボン酸回路・クエン酸回路)の両方で作用する唯一の酵素であるコハク酸デヒドロゲナーゼを阻害するとされているが、阻害機構の詳細は不明である。
アニリド系殺菌剤は、アニリンとのアミド結合を基本骨格とするカルボキシンを起源とし、担子菌に属する病原菌に特異的に高い効果を示す。日本では、イネの重要病害であるイネ紋枯病(もんがれびょう)を防除するために、水田の湛水(たんすい)期に粒剤として使用できる水面施用剤として予防および治療効果を示すメプロニル(1981)、フルトラニル(1985)および予防効果の高いペンシクロン(1985)、またベンゼン環をピラゾール環に変換してイネ体内への浸透移行性が向上したフラメトピル(1996)が登録されている。これらの殺菌剤の特徴は、担子菌類の胞子・菌核の発芽・形成阻止、菌糸生育抑制により菌糸の侵入を阻害することで防除効果を発揮する。
ピロール系殺菌剤は、シュードモナス属Pseudomonas細菌等が生産する抗真菌活性物質ピロールニトリンを起源とし、灰色かび病菌に効果を発揮するフルジオキシニルとフェンピクロニルがあり、日本では、1996年(平成8)にフルジオキシニルが登録されている。
[田村廣人]
複合体Ⅲ阻害剤
硫黄は、紀元前から使用され、現在でも石灰硫黄合剤として使用されている。硫黄の殺菌作用は、硫黄の酸化還元電位が0.14ボルトであるため、電子伝達系のシトクロム(チトクロム)bより電子を奪い、還元されて硫化水素になることにより、電子の正常な伝達を阻害すると考えられている。さらに、発生した硫化水素も殺菌作用に副次的な効果をもたらしていると考えられている。
ストロビルリン系殺菌剤は、木材腐朽菌(StrobilurustenacellusやOudemansiellamucida)が産生する抗真菌活性物質ストロビルリンAとオーデマンシンAを起源とし、メトキシアクリレート骨格を特徴とする。防除効果は、ストロビルリン系殺菌剤が、シトクロムbのo-center(ユビキノールがユビキノンに酸化される部位)に結合することにより、電子伝達系の電子の流れを遮断することと、植物体内に含まれるフラボノイド類がオルタネーティブオキシダーゼの誘導を行うことおよび直接的にオルタネーティブオキシダーゼを阻害することの複合作用で発揮するとされている。ストロビルリン系殺菌剤は、予防的にも治療的にも効果を発揮するため広く使用されている。日本では、クレソキシムメチル(1997)、アゾキシストロビン(1998)、メトミノストロビン(1998)およびトリフロキシストロビン(2001)が登録された。メトミノストロビンは、とくに、水面施用によりイネのいもち病菌を防除するために開発された。
シアノイミダゾール系殺菌剤のシアゾファミド(2001年登録)は、複合体Ⅲのi-center(ユビキノンがユビキノールに還元される部位)が阻害部位であると考えられており、疫病、べと病および根こぶ病などの藻菌類の病害に特異的に効果を発揮する予防剤である。
フェニルベンジルカルバミン酸系のピリベンカルブは、複合体Ⅲの電子伝達系を阻害する蔬菜(そさい)類の灰色かび病の予防的および治療的防除剤である。
[田村廣人]
脱共役剤
ミトコンドリアの電子伝達系を阻害せず、特異的に酸化的リン酸化を阻害し、その結果、ATPの生合成も阻害する。このような阻害作用をもつ化合物をアンカップラーともよぶ。ピリジナミン系殺菌剤は、殺ダニ活性のあるジフェニルアミン系化合物を起源とし、そのフェニル基を芳香族へテロ環に改変したN-フェニルピリジナミンを基本骨格とする。ピリジナミン系殺菌剤のフルアジナム(1990年登録)は、脱共役剤として作用し、病原菌の胞子形成と発芽、付着器形成、および菌糸の伸長・侵入を阻害し、幅広い防除効果を発揮する。また、フルアジナムは、殺菌作用のみならず、ハダニ類に対しても効果を発揮する。
[田村廣人]