日本大百科全書(ニッポニカ) 「革脚絆物語」の意味・わかりやすい解説
革脚絆物語
かわきゃはんものがたり
Leather-Stocking Tales
アメリカの作家J・F・クーパーの連作小説5編の総称。『開拓者たち』(1823)、『モヒカン族最後の人』(1826)、『大草原』(1827)、『先導者』(1840)、『鹿狩人(しかかりゅうど)』(1841)よりなる。舞台は植民地時代から建国期にかけての北米大陸の荒野。主人公は大自然をすみかとする無学で正直な、射撃の巧みな白人猟師ナッティー・バンポー(鹿皮(しかがわ)の服と脚絆を身に着けているのであだ名が「革脚絆」。西部開拓の英雄ダニエル・ブーンの姿がいくぶん投影されている)。第1作『開拓者たち』に70歳代の老猟師として登場する「革脚絆」はニューヨーク州の辺境開拓地に安住できず、結局、文明に背を向けてひとり森の奥の猟場へと退く。最初かなりリアリスティックに描かれる主人公は作品を追うごとに理想化され、第5作『鹿狩人』では20歳代初期の青年に若返り、未開の荒野で数々の試練に耐えつつ、「高貴な野蛮人」インディアンの美徳とキリスト教徒の道義心を兼ね備えた「森の哲人」もしくは戦士となるため入門の儀式を済ませる。『革脚絆物語』は、文明の波に押され後退する荒野と運命をともにしつつ、冒険的生涯を雄々しく生き抜き、純正かつ尊厳な人間の魂を守り通す辺境人の物語。換言すれば、アメリカ人の民族体験に根ざす願望と郷愁の念を満たす神話である。クーパーはW・スコットの影響を受けながらも、歴史的な広がりをもつ連作小説に北米大陸の荒野という新鮮な背景を一貫させ、庶民的な人物の運命を描き、スコットの騎士道ロマンよりもホメロスの国民的叙事詩に近い雰囲気をもつ作品をつくりだした。D・H・ローレンスが「アメリカのオデュッセウス」とよぶ漂泊の主人公ナッティー・バンポーは、アメリカ文学における文明離脱者像の原型である。なお『革脚絆物語』は、発表当時11か国語に翻訳され、バルザックらに影響を与えた。
[小原広忠]
『犬飼和雄訳『モヒカン族の最後』(1974・学習研究社)』