デジタル大辞泉 「ブーン」の意味・読み・例文・類語 ブーン(Daniel Boone) [1734~1820]米国開拓時代の伝説的英雄。初めてアパラチア山脈を越えてケンタッキーへの道を開き、西部開拓の先駆となった。 出典 小学館デジタル大辞泉について 情報 | 凡例 Sponserd by
改訂新版 世界大百科事典 「ブーン」の意味・わかりやすい解説 ブーンDaniel Boone生没年:1734-1820 アメリカの辺境開拓者。鉄砲の名手といわれ,測量にも秀でていた。ケンタッキーの〈発見〉者という俗説は誇張だが,1767年にはこの地方に足を踏み入れ,探検やわな猟などに従事,75年には開拓隊を引き連れてブーンズボロを建設した。78年,インディアンに捕まったが5ヵ月後に脱出,一躍名をあげた。法律上の不備からその土地を失い,99年,ケンタッキーにも人が多くなりすぎたとしてミズーリに移住した。彼自身,自分の冒険をトール・テールで語り続け,死んだときには,すでにアメリカの神話的なヒーローとなっていた。執筆者:亀井 俊介 出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報 Sponserd by
ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「ブーン」の意味・わかりやすい解説 ブーンBoone, Daniel [生]1734.11.2. ペンシルバニア,バークス[没]1820.9.26. ミズーリ,セントチャールズアメリカのフロンティア開拓者。 1750年ノースカロライナに移り,67,69~71年ケンタッキー地方を探検。 73年数家族を率いてケンタッキーに移住を試みたがチェロキー・インディアンの攻撃を受けて,息子を含む2人が殺され,計画を断念した。 75年 14番目の植民地の建設をねらったトランシルバニア会社に雇われ,再びケンタッキーへの移住民を指揮し,インディアンの攻撃を排除して,現在のブーンズバラに砦を築き,白人のケンタッキー進出の足場を築いた。 80年彼の土地所有権は無効と判定され,ウェストバージニアに移ったのち,99年現在のミズーリに再移住。 1814年議会より同地での土地所有権を認められた。 23年イギリスの詩人 G.バイロンに歌われて以来世界的にその名を知られるようになった。 出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報 Sponserd by
日本大百科全書(ニッポニカ) 「ブーン」の意味・わかりやすい解説 ブーンぶーんDaniel Boone(1734―1820) アメリカの西部開拓者。ペンシルベニア、レディング付近のクェーカーの家に生まれる。フレンチ・アンド・インディアン戦争(1754~63)初期の1755年、イギリスのブラドック将軍が率いるオハイオ遠征軍に参加。67年以降ケンタッキー地方の開拓に加わり、75年、ケンタッキー川流域、現在のブーンズボロの町に砦(とりで)を築いた。98年ごろミズーリ地方に移住し、そこの開拓に従事した。ライフルの名手、またインディアン殺しの勇者として名をはせ、フロンティアの伝説的英雄とされている。[白井洋子] 出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例 Sponserd by
百科事典マイペディア 「ブーン」の意味・わかりやすい解説 ブーン 米国の開拓時代のフロンティア・ヒーロー。青年時代から狩猟に従事,足跡はカナダ国境からフロリダに及んだ。1767年以後アパラチア山脈を越えてケンタッキーに進出し,1770年代末には一家をあげて移住,多くの開拓地を創建し,西部進出の先駆者といわれるが,トール・テール(ほら話)の神話的ヒーローとして知られる。 出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報 Sponserd by
デジタル大辞泉プラス 「ブーン」の解説 ブーン ダイハツ工業が2004年から製造、販売している乗用車。5ドアの小型ハッチバック。トヨタとの共同開発。 出典 小学館デジタル大辞泉プラスについて 情報 Sponserd by