中国、晩唐の詩人。字(あざな)は致堯(ちぎょう)。長安(陝西(せんせい)省西安)の出身。889年(竜紀1)進士に及第。翰林(かんりん)学士、兵部侍郎となり、昭宗に協力して宦官(かんがん)の排除に力を尽くした。その詩集『香奩集(こうれんしゅう)』1巻により、香奩体(香奩は女性の化粧箱)とよばれる甚だエロティックな詩風で知られる。別に『韓翰林集(かんかんりんしゅう)』1巻があり、こちらは翰林学士を振り出しに出世コースを歩んだ官吏としての彼の表向きの面貌(めんぼう)を示す。二つの詩集は同じ作者の手になったとは思いがたいほどの隔たりを示している。かつ、1人の詩人には一つの詩集が通例の唐代において、異例の現象でもある。卑官で終わった詩人が恋愛に自己を埋没させることで唐王朝の崩壊に対処しえたのと異なり、高位に昇った韓偓の場合には、体制の解体が進行するのと軌を一にして自身を両極に分解していく必要があったためであろう。
[野口一雄]
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
…李詩の愛好者は中国では明以後に多く,近代にますます多くなるのだが,日本ではさらに遅れ,明治になって初めて研究と紹介がなされる。同じ艶体の詩でも李より後輩の韓偓(かんあく)の《香奩(こうれん)集》のほうが江戸の末に相当な数の読者を有していた。 唐詩の選集について言えば,日本で最も広く読まれたのは宋の周弼(しゆうひつ)の《三体詩》と明の李攀竜(りはんりゆう)の《唐詩選》で,中・晩唐の詩は前者により,初唐と盛唐の詩は後者によって知られた(前者の翻刻の初版は1654年で,後者は少し遅れる)。…
※「韓偓」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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