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韓滉 かんこう Han Huang

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

韓滉
かんこう
Han Huang

[生]開元10(722)
[没]貞元3(787)
中国,唐の政治家。陝西省の人。玄宗朝の名臣韓休の子。字は太沖。粛宗に仕え,監察御史として活躍。代宗時代には戸部侍郎判度支となり,国家財政の建直しに努め,徳宗のときには藩鎮の反乱に際して運輸の任にあたって功を立て,晋国公に封じられ,また度支諸道転運塩鉄使にも任じられた。

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世界大百科事典 第2版の解説

かんこう【韓滉 Hán Huàng】

722‐787
中国,唐代の政治家。京兆長安(陝西省西安)の人。玄宗朝の宰相韓休の子。字は太沖。はじめは監察御史として選挙関係の仕事をしていたが,代宗朝の771年(大暦6)に戸部侍郎判度支に任じられて以後,有能な財務官僚として注目された。とくに783年(建中4)に涇原(甘粛省)の兵乱がおこって,徳宗が国都の北西の奉天に避難せざるをえなかった際,江南からの穀物輸送を完遂し,その功で宰相に任じられた。儒学者としても知られるとともに,書画もよくした。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

韓滉
かんこう
(723―787)

中国、中唐の官僚。字(あざな)は太沖。玄宗朝の名臣韓休の子。父の蔭(おん)で出仕し、節度使に招かれて判官となって各地を歴任、のち中央に入って尚書右丞(うじょう)、戸部侍郎(こぶじろう)などに任じ、太暦年間(766~779)に国庫の蓄積に努め財務官僚として名をなしたが、ときに行きすぎて人民や官吏に被害が及んだ。のち蘇州(そしゅう)、潤州の刺史(しし)に出て江南の経営に励み、藩鎮の争乱の多い時代にあって、いざというときには天子をこの地に迎えられるよう築城や防備に力を入れた。また江淮(こうわい)から穀物を関中に転漕するにも功があった。貞元(785~804)初めに左僕射同平章事となり、晋(しん)国公に封ぜられ、没後、太傅(たいふ)を贈られた。書画に巧みで、『春秋通例』『天文事序議』の著がある。[池田 温]

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