中国,唐・五代の軍閥。唐中期の律令支配崩壊の過程で,多様化する社会に対処するため,唐朝は各種の〈使職〉(いわゆる〈令外の官〉)と総称されるポストを続々と新設した。その代表が節度使である。節度使は属地の羈縻(きび)支配の破綻や府兵制の崩壊により,長城線沿いに新設された傭兵からなる国境防衛軍団の司令官であるが,安史の乱勃発を機に国内要衝にも置かれるようになった。一方,地方行政の監察強化のために,やはり使職の観察使が新設されたが,しだいに州の上級地方長官と化した。節度使はこの観察使を兼ねて,地方の兵・民・財三権を掌握し,河北三鎮(盧竜・天雄・成徳)のごとき,数代にわたる節度使の世襲や,税賦の中央送付を拒否するなど,唐中央政府から半ば独立した軍閥となるものが多くなった。このような存在を藩鎮,方鎮と呼ぶ。唐代後半期には40~50,五代には30~40の藩鎮が存在し,分裂に近い状況を呈することになった。
節度使の管轄区域は,治所のある州を会府,その他の管下諸州を巡属州と称した。その軍事力は,会府に駐屯する親衛隊たる最精鋭の牙軍,管内要衝に配備された外鎮軍,それに巡属州刺史管下の軍隊からなる。これらの軍隊は主として官健と呼ばれる傭兵で,待遇問題をめぐってしばしば節度使の廃立を行った。そのため節度使は私費で直衛の家兵部隊をおいたり,将兵との間に仮父子関係(擬制的血縁関係)を結んで忠誠を確保しようとしたりした。9世紀初めの憲宗は,反唐朝の態度を強くもつ藩鎮に対して,再編した禁軍と軌道にのった両税法をてこにして,軍事,財政の両面から強硬な抑圧策を実施した。そして藩鎮兵力の分断や管区の分割,両税配分の改訂による巡属州の中央への統属強化,節度使の世襲を厳禁して中央から高級官僚を派遣するなど,中央集権の再建に一定の成果をおさめた。その後,兵力の分断削減による地方治安維持力の低下,もっぱら自己の昇進の一段階とのみ考える天下り節度使の過酷な収奪などから,唐朝の財政基盤たる江南諸地方での兵乱や農民反乱が続発し,黄巣の乱で唐朝は実質的に解体するとともに,この乱とその後の争乱から身を起こした群雄が新たに藩鎮となり,次の五代諸政権につながっていった。
執筆者:愛宕 元
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中国、唐・宋(そう)期の地方官署の名称。藩鎮は、均田体制の破綻(はたん)という政治的危機を克服するために辺境や内地に設けられた。しかし藩鎮の長官である節度使(せつどし)は管内の軍事、行政、財政の三権を掌握し、しだいに唐朝の支配下から一個の軍閥として自立していった。8世紀末にはその数が50ほどであったが、唐朝との、あるいは藩鎮どうしの対立のなかでしだいに淘汰(とうた)され、強力な藩鎮だけが残り、五代群雄割拠の時代を迎え、のち、宋に入って解体された。
[伊藤宏明]
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