音楽をその内包と外延のすべての局面において、通時的ないし共時的な観点から研究する学問。測定、記述、分析、総合というミクロからマクロへ向かう実証的経験的方法と、逆にマクロからミクロへ向かう直観的認識に基づく方法とが原理的に区別されるが、現実には対象、観点、方法いずれにおいても単一ではありえない。それは、音楽が文化的事象としての演奏だけでなく、伝承と伝播(でんぱ)においても、時間の流れと空間の広がりに依存しているからである。換言すれば、音楽学は、民族や時代によって相対的に異なる音楽文化の諸相を個別的に把握すると同時に、個を越えた普遍的な本質を明らかにすることを最大の目的としている。具体的には、音響とその組織化として獲得される音楽構造、それを取り囲む社会的文化的脈絡、そしてこれらすべてにまつわる歴史的脈絡が研究課題となる。
[山口 修]
音楽についての認識ないし知識、すなわち広義の音楽理論は、論理と表出の違いこそあれ、すべての民族・時代の音楽文化の基底として存在してきた。そのなかでも特筆すべきものとして、古代の中国とギリシアで展開された数理的および倫理的立場からの音楽論、古代インドの『ナーティヤ・シャーストラ』を代表とする総合的音楽論、中世ヨーロッパの修道院・大学で自由七科の一つとして教授された教会音楽論、その後ヨーロッパで19世紀に至るまで記譜法・作曲法の多様な展開と並行して続々と現れた理論的、楽器学的、美学的、歴史的な著述などがあげられる。ヨーロッパでは、近代的な意味での学問体系が整備される一般的動向の一環として、19世紀後半のドイツにおいて音楽学が独立した学問として初めて認識された。20世紀前半にはこれがフランスとアメリカ合衆国でも定着し、徐々に他の諸国にも波及していった。その過程において顕著になってきた傾向は、人類の音楽文化のなかで西洋音楽とその歴史が果たす役割の大きさの認識が、絶対主義的から相対主義的へと移行してきたという事実、そして音楽を内包においてのみならず外延において理解することの重要性が主張されるようになったことである。
現在多方面にわたって行われている音楽学研究を以下に大まかに分類整理する。
[山口 修]
音響そのものの自然科学的研究に携わる音響学との連携によって音楽音響学が遂行され、その成果が音刺激に対する人間の反応という観点から活用されると、音響心理学の分野になる。さらに、ばらばらに切り離された音ではなく、様式的に現存の文化に関連づけられた音楽的刺激(旋律やリズム)に対する反応を観察分析するのは音楽心理学である。弁別、記憶、学習といった音楽行動の実験的研究もここに含まれる。音楽様式がその表現内容、美的価値、思想的背景などとの関連において論じられるのは音楽美学においてである。音楽哲学という性格をも備えたこの分野は、諸民族が音楽に託していかなる世界観、宇宙論、存在論、神学、形而上(けいじじょう)学、現象学、形而下学を表現してきたかを探る任務を帯びている。
[山口 修]
特定の自然環境や風土と音楽特性の間に因果関係をみいだそうとするのは、音楽環境学ないし音楽生態学である。これと似た形で、社会構造と音楽構造との相互関係を多角的に追求するのが音楽社会学である。音楽社会学は音楽家および受容者が個人・集団のレベルで示す音楽行動を、家族・共同体・国家といった社会単位や、祭儀・政治・経済などの制度的側面から研究するのであるが、方法としては、社会調査を基礎にした経験社会学、そして社会的に条件づけられた音楽生活のなかでの心理を扱う社会心理学の傾向が出ている。こうした方法を複数の民族について、とくに異なる文化価値を是認する文化的相対主義の立場から駆使してきたのが音楽人類学ないし民族音楽学である。
[山口 修]
音楽史学とよばれる分野は、世代から世代、時代から時代へと移行するにつれて変遷する音楽とその社会的脈絡の構造を、相対的に異なる時代風潮の所産あるいは歴史的現在として把握する一方、時代の経過にもかかわらず一貫して流れる共通の特性を見極めることも目的としている。そのための資(史)料としては、従来は文字資料(文献・古文書)、楽譜、図像資料(美術品の一部として)などに限られていたが、最近では、文字化されない口伝(くでん)的側面、およびその集団による伝承と解釈の結果としての演奏、ないしその録音録画資料をも、十分に批判的吟味を加えながら積極的に利用する必要が唱えられ、かつ実践に移されている。これはグローバルなコミュニケーションが進行する20世紀後半にあって、多様な音楽様式に触れることによって可能となった視点の転換であるといえよう。
[山口 修]
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