平安宮の内裏五舎(飛香,凝花,襲芳,昭陽,淑景の五舎)の一舎。〈ひこうしゃ〉〈ひぎょうさ〉ともいい,庭に藤を植えたので藤壺(ふじつぼ)とも称する。内裏の西北部で,凝花舎の南,弘徽殿(こきでん)の西に位置する。東西棟で,《拾芥抄》は桁行5間,梁行2間の身舎(もや)の四面に廂(ひさし)を付けると記すが,《大内裏図考証》は,12世紀の中山忠親の日記《山槐記》に基づき,5間・2間の身舎に四面廂と東・西・北の3面に孫廂を付ける建物に復元する。清涼殿の西の後涼殿,凝花舎とそれぞれ渡廊で結ばれる。五舎の中で天皇の居所の清涼殿に最も近いので,中宮や女御の居所とされ,有名な人物では藤原道長の女で一条天皇の女御の彰子(のちの上東門院)が居した例があり,彼女は藤壺女御と称された。818年(弘仁9)以降に造営されたと伝え,902年(延喜2)藤花の宴を催したという史料がその存在を確認できる早いものである。18世紀末の寛政度の内裏,および19世紀半ばの安政度に造営された京都御所には五舎のうち飛香舎のみが復興された。
執筆者:今泉 隆雄
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※「飛香舎」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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