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西宮記 さいぐうき

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

西宮記
さいぐうき

「さいきゅうき」とも読む。朝廷儀式などのしきたりを記した書。作者は西宮左大臣源高明平安時代中期に成立。諸種古写本があるが,もともと稿本であったため,巻数編目順序も一定していない。恒例の年中行事や臨時の諸儀礼,服飾輿車などの規定を記している。『故実叢書』『史籍集覧所収

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デジタル大辞泉の解説

さいきゅうき【西宮記】

平安時代の有職故実書。源高明著。村上天皇のころの公事(くじ)朝儀、臨時の儀式、作法・装束・制度などについて漢文で解説。西宮日記。西宮抄。さいぐうき。せいきゅうき。

さいぐうき【西宮記】

さいきゅうき

せいきゅうき【西宮記】

さいきゅうき(西宮記)

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百科事典マイペディアの解説

西宮記【さいきゅうき】

平安時代の儀式・故実(こじつ)の典拠書。〈さいぐうき〉〈せいきゅうき〉ともいう。撰者は源高明(たかあきら)。高明の邸宅が平安京の右京(西京(にしのきょう))にあったため,彼は西宮(にしのみや)左大臣と呼ばれ,これが書名の由来となる。
→関連項目貞信公記吏部王記

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世界大百科事典 第2版の解説

さいきゅうき【西宮記】

平安時代の儀式・故実の書。〈さいぐうき〉とも読む。撰者は源高明(みなもとのたかあきら)。高明は914年(延喜14)醍醐天皇の皇子として生まれ,臣籍に下って源姓となり正二位左大臣に昇るが,969年(安和2)の安和の変により失脚,982年(天元5)に没した。その邸宅が平安京右京(西京)の四条北大宮東(錦小路南朱雀西とも伝える)にあったので,高明を西宮(にしのみや)左大臣とよび,本書を《西宮記》または《西宮抄》という。

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大辞林 第三版の解説

さいきゅうき【西宮記】

さいぐうき【西宮記】

せいきゅうき【西宮記】

〔「さいきゅうき」 「さいぐうき」とも〕
有職書。西宮左大臣源高明著。平安中期の公事・儀式作法・装束などを類別編集し、漢文で記す。成立年未詳。

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世界大百科事典内の西宮記の言及

【古文書学】より

…平安時代になって朝廷の儀式典礼が盛大に行われるようになると,それに関する正確な知識が要求され,有職故実の学が発達し,有職書が編纂される。源高明《西宮記》,藤原公任《北山抄》,大江匡房《江家次第》はその代表的なもので,このなかには文書の作成発布に関する儀礼や慣習なども述べられている。これらは,この時代新たに成立した令外様文書に関する解説書といえる。…

【源高明】より

…ことに朝儀,故実に精通し,一世源氏の尊貴さもあって朝廷に重きをなした。恒例,臨時の儀式,政務を記した著《西宮記(さいきゆうき)》は,以後の貴族政治における重要な典拠の一つとされ,現在も王朝政治・文化研究の貴重な史料である。彼は九条流の故実の祖である右大臣藤原師輔に信頼され,師輔は三女を彼の室とし,その女が没すると五女愛宮をその室とした。…

※「西宮記」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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