食道・胃静脈瘤

内科学 第10版 「食道・胃静脈瘤」の解説

食道・胃静脈瘤(食道疾患)

定義・概念
 持続的な門脈圧亢進の状態に伴って,生理的に存在する門脈-大循環系交通枝は径が拡大し,門脈から大循環への血流ルートとしての役割を担うようになる.食道・胃静脈瘤はこの門脈-大循環側副血行路の一部であり,食道および胃上部の粘膜下層に静脈が腫瘤状に拡張したものである.
原因・病因
 門脈は胃・小腸大腸膵臓などの内臓からの静脈が肝臓へ流入する経路毛細血管まで分岐した後,再び集合・合流して肝静脈として大循環(下大静脈)へ合流する.門脈血流は肝臓流入血液全体の70〜80%を占める.何らかの理由で門脈血流が妨げられ門脈圧が亢進して200 mmHg以上になると,左胃静脈,後胃静脈,短胃静脈を介する門脈への流入が障害され,それぞれ逆方向の血流が増加して食道下部の静脈を介して大循環静脈系へ流入するようになる.肝臓を迂回し上大静脈への副血行路として食道や胃体上部静脈叢が拡張・蛇行した状態が食道・胃静脈瘤である(図8-3-22)(豊永ら,2001).門脈圧亢進をきたす疾患には,肝硬変,特発性門脈圧亢進症,肝外門脈閉塞症,Budd-Chiari症候群などがある.日本では食道・胃静脈瘤の90%以上は肝硬変の合併症として発生する.特殊な場合として,慢性膵炎,膵腫瘍などによる狭窄や閉塞例で,脾静脈領域の局所性門脈圧亢進(左側型門脈圧亢進症)のために,短胃静脈を介した遠肝性副血行路として胃静脈瘤が形成されることがある.
臨床症状
 唯一の症状は出血であり,突然大量の吐血をきたし下血を伴う.出血量が多いとショック状態となり,高度肝障害例では少量出血でも容易に二次性肝不全をきたし致命的となる.
診断
 診断には上部消化管内視鏡(EGD)が不可欠である.そのほかに,上部消化管X線検査,超音波内視鏡検査(endoscopic ultrasonography:EUS)がある.EGDやEUSは食道・胃静脈瘤の早期診断や治療方針の決定,治療効果判定に有用である.また,門脈血行動態の把握にはEUSの他にMDCT(3D-CT)やMRAが有用である.一方,基礎疾患の診断には腹部エコーや腹部CTなどの画像診断,門脈圧測定や肝生検などが有用で,血液生化学検査やウイルス検査などを含めて門脈圧亢進症の鑑別診断を行う.
1)上部消化管X線検査:
バリウムによる二重造影法で食道下部を中心に長軸方向に連なる静脈の拡張・蛇行を認める.高度になると連珠状あるいは結節状の陰影欠損が描出される(図8-3-23).胃静脈瘤は噴門部から穹隆部に連珠状や結節状の粘膜下腫瘍様の隆起病変として描出される.X線造影検査では,存在部位や隆起の程度は診断可能だが,EGDより検出能は劣り,出血の危険性を評価することはできない.
2)上部消化管内視鏡検査(EGD):
EGDによる観察では,静脈瘤の占居部位・形態・色調・発赤所見・出血所見・粘膜所見の6項目を記載基準に基づき記載する(表8-3-10)(日本門脈圧亢進症学会,2004).記載所見から静脈瘤破裂の危険度が把握できる.すなわち,形態が大きいほど,発赤所見が高度なほど出血の危険性は高まる(図8-3-24).これらの所見をもつ静脈瘤は予防例であっても積極的に治療されている.一方,胃静脈瘤は,その占居部位から噴門輪に近接する噴門部静脈瘤(Lg-c),噴門輪より離れて孤在する穹隆部静脈瘤(Lg-f),そして噴門部から穹窿部に連なる噴門・穹窿部静脈瘤(Lg-cf)に分類される(表8-3-10).供血路については,Lg-cはおもに左胃静脈,Lg-cf,Lg-fはおもに短胃および後胃静脈から供血されている.孤立性胃静脈瘤の排出路は,ほとんどが腎静脈(腎静脈系短絡路)へと排血されている.
3)超音波内視鏡検査(EUS):
EUSは食道・胃壁内外の血行路を非観血的に把握する手段として有用である.静脈瘤は20 MHz細径超音波プローブによる観察で粘膜下層に無~低エコー管腔像として描出される.食道静脈瘤は食道壁貫通血管(perforating vein)を介して壁在傍食道静脈(peri-esophageal vein)や並走傍食道静脈(para-esophageal vein)と交通していることが多い(図8-3-25).中部食道では食道静脈瘤の排出路として奇静脈が観察される.
4)マルチスライスCT(multi-detector row CT:MDCT):
MDCTによる三次元構築(3D-CT)は食道・胃静脈瘤の供血路や排出路などの側副血行路の発達程度の把握や治療後の血行動態を評価するうえできわめて有用である.3D-CTは,侵襲的検査である腹部血管造影に取って代わる非侵襲的な検査法である.
5)腹部血管造影(門脈造影):
静脈瘤の血行動態を把握するために経動脈的門脈造影や経皮経肝門脈造影が行われる.侵襲の大きい検査法であるが,供給静脈の選択的造影が可能でそのまま治療(塞栓術)に移行し得るという長所がある.
鑑別診断・併存病変
 食道中部から上部にかけてみられる孤立性の血管性病変は静脈瘤ではなく血管腫である.食道血管腫は出血することはなく経過観察でよい.胃静脈瘤,特に腫瘤様静脈瘤(F3)では粘膜下腫瘍との鑑別が重要であり,決して生検してはいけない.
治療
 静脈瘤治療には,薬物療法(β遮断薬,バソプレシン,ソマトスタチン,ニトログリセリン,スピロノラクトンなど),バルーンタンポナーデ法(Sengstaken-Blakemore tube),内視鏡治療,インターベンショナルラジオロジー(interventional radiology:IVR)を応用した治療法,外科手術がある.出血例に対する第一選択の治療法は内視鏡治療である.静脈瘤の治療指針を示したのが「食道・胃静脈瘤内視鏡治療ガイドライン」(小原ら,2006)であり,このガイドラインに基づいた治療手技がわが国での基本的治療法である.静脈瘤治療の臨床的意義は,いかに出血をコントロール,あるいは出血を防止するかであり,その結果として予後の向上が得られる.
1)内視鏡治療:
 a)内視鏡的硬化療法(endoscopic injection scl­erotherapy:EIS):
内視鏡を用いて硬化剤を注入する治療法である.緊急時の止血目的で行われるほか,予防的治療法として静脈瘤を消失させる目的で行われる.使用する薬剤には,血管内に注入する5% オレイン酸エタノールアミン(EO)と血管外に注入する1% エトキシスクレロール(AS)の2種類がある.EISを1〜2週ごとに数回繰り返して行うことで静脈瘤を完全消失させ,再発を予防できる.EISの合併症として,出血,食道穿孔,ショック,門脈血栓,肝不全,腎不全などがある.
 b)静脈結紮術(endocopic variceal ligation:EVL):
静脈瘤を弾性ゴムバンドにて結紮することにより機械的に血行を遮断し,静脈瘤を縮小,消失させる方法である.EISに比し手技が容易であり,静脈瘤破裂時の緊急止血法としてすぐれているが,EISに比べ再発が高率である.そのためEVLとEISの併用法が行われている.
 c)組織接着剤(シアノアクリレート系薬剤:CA)注入法:
胃静脈瘤治療の薬剤として組織接着剤であるCA(n-ブチル-2-シアノアクリレート,α-シアノアクリレートモノマー)を胃静脈瘤内に注入して止血する方法が行われている.
2)血管造影を利用した治療:
 a)バルーン下逆行性経静脈的塞栓術(ballon-occluded retrograde transvenous obliteration:B-RTO):右大腿静脈よりB-RTO用バルーンカテーテルを挿入し,排出路である腎静脈系短絡路の血流をバルーンで制御し,硬化剤(5%EO)を逆行性に胃静脈瘤とその供血路に注入し,閉塞する手技である.
 b)経頸静脈的肝内門脈静脈短絡術(transjugular intrahepatic portosystemic shunt:TIPS):専用の穿刺針を用いてX線透視ガイド下に肝静脈から肝実質を貫き門脈枝にガイドワイヤーを通して金属ステントを用いて門脈と肝静脈の間にシャントを作る方法である.門脈圧の減圧効果はすぐれているが,閉塞しやすく静脈瘤が再発しやすい.欧米では肝硬変,肝癌患者で肝移植を前提に行われている.
3)外科手術:
高度の血小板減少(3〜5万/μL以下)を伴う巨脾合併胃静脈瘤症例に対しては,Hassab手術(脾臓摘出+胃上部血行遮断術)が施行されている.肝機能不良例も多く,最近では,できるだけ手術侵襲を軽減する目的で,腹腔鏡補助下Hassab手術が行われている.
予後・経過
 肝硬変の3大死因の1つとして,静脈瘤破裂があげられているように放置例での出血率は高く,初回出血で約半数が死亡する.わが国では,出血のリスクの高い食道・胃静脈瘤に対して,内視鏡治療が安全かつ効果的に施行できることから,予防的治療を積極的に行っている.治療後の予後は肝障害の程度や肝癌合併の有無に依存している.[小原勝敏]
■文献
日本門脈圧亢進症学会編:門脈圧亢進症の病因・病態,門脈圧亢進症取扱い規約 改訂第2版,pp3-13,金原出版,東京,2004.
小原勝敏,豊永 純,他:食道・胃静脈瘤内視鏡治療ガイドライン.消化器内視鏡ガイドライン第3版(日本消化器内視鏡学会監修)pp215-233,医学書院,東京,2006.豊永 純,於保和彦,他:食道・胃静脈瘤の発生機序.食道・胃静脈瘤(改訂第2版)(鈴木博昭監修),pp21-27, 日本メディカルセンター,東京,2001.

出典 内科学 第10版内科学 第10版について 情報

六訂版 家庭医学大全科 「食道・胃静脈瘤」の解説

食道・胃静脈瘤
(肝臓・胆嚢・膵臓の病気)

 門脈の流れにどこか障害が生じると、流れが悪くなるとともに門脈圧が上昇してきます。また、その上流では血液がとどこおり、どこか抵抗の少ない方向に血液を流そうとします。ここに副血行路(ふくけっこうろ)(バイパス)が生じます。

 門脈圧亢進症では、心臓へ血液を環流させるために代表的な3つの副血行路として、①食道下部に向かうもの、②(へそ)周囲に向かうもの、③肛門周囲に向かうもの、があります(図10)。これらの副血行路のうち最も重要なのは①で、これについて以下に詳しく説明します。

 正常では、食道下部、胃上部からは左胃静脈が門脈に流入していますが、門脈の流れに障害が生じると門脈圧の上昇と門脈血流量の増加が起こります。この部の血流が逆流して門脈から食道下部、胃上部に向かう遠肝性副血行路が発達してきます。

 多量の血液が胃上部、食道下部の壁(粘膜固有層、粘膜下層)の血管内に流入すると、血管は拡張、蛇行(だこう)をするようになり、食道表面に隆起をつくるようになります(静脈瘤(じょうみゃくりゅう)の形成)。胃には脾臓(ひぞう)の近くから副血行路(短胃静脈)が生じて、胃静脈瘤が形成されることもあります。

 これらの副血行路の発達が強くなると食道、胃の上皮を破って静脈瘤が破綻(はたん)することとなり、大量の吐血・下血が生じます。処置が遅れると、死亡率は増してきます。

 なお、②の臍周囲に向かう副血行路では、腹壁静脈の拡張がみられます。③の肛門周囲に向かうものでは、直腸静脈の拡張が生じ、直腸静脈瘤の形成がみられます。


出典 法研「六訂版 家庭医学大全科」六訂版 家庭医学大全科について 情報

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