高井立志(読み)たかい りゅうし

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「高井立志」の解説

高井立志(初代) たかい-りゅうし

?-1681 江戸時代前期の俳人。
紀伊(きい)和歌山藩士の子。浪人して江戸本町にすみ,野々口立圃(りゅうほ)の門にはいる。のち石出常軒につかえた。天和(てんな)元年10月21日死去。通称は佐馬助。別号に松楽軒,和諧堂。句集に「思出千句」「樗木(ちょぼく)集」。

高井立志(3代) たかい-りゅうし

1683-1725* 江戸時代中期の俳人。
天和(てんな)3年生まれ。2代高井立志の子。享保(きょうほう)9年11月21日死去。42歳。名は心保。別号に立詠,春水,和散才,和諧堂。編著に「庭の巻」「立志終焉記」など。

高井立志(2代) たかい-りゅうし

1658-1705 江戸時代前期の俳人。
万治(まんじ)元年生まれ。初代高井立志の次男。江戸石町にすむ。宝永2年2月3日死去。48歳。名は吉章。別号に立詠,松雨軒,和諧堂。編著に「宮古のしをり」「難波の枝折(しおり)」など。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

アジア諸国の友好と平和促進とを目的としたスポーツ大会。第1回は1951年にインドで開催。原則としてオリンピックの中間年に行われる。主催はアジア‐オリンピック評議会。→アジア冬季競技大会...

アジア競技大会の用語解説を読む